【MixOnline】パンくずリスト
【MixOnline】記事詳細

【World Topics】物議を醸した米・スーパーボウルのTVコマーシャル HIMS & HERS HEALTH, Inc

公開日時 2025/03/27 04:53
スーパーボウルは米国のプロ・フットボールのチャンピオン決定戦である。シーズン最後の日曜日の午後は誰かの家に家族や友人が集まり、あるいはスポーツバーに繰り出して3時間以上に及ぶ観戦パーティとなる。2月8日の第59回スーパーボウル(イーグルスvsチーフス戦)のTV視聴者は過去最多の1億3千万人であった。実は、このスーパーボウルで対戦チームや試合内容を凌ぐ話題となるのがTVコマーシャルである。この日のために巨費を投じて制作されるTVコマーシャルは視聴者の「お楽しみ」のひとつ。どこの企業が試合冒頭の広告枠を取るか?(2025年は大方の予想を裏切ってダンキン・ドーナツがトップであった)から、キャラクターには誰が起用されるか?どんな(時に政治的な)メッセージが込められるか?まで、話題は尽きない。(メディカル・ジャーナリスト 西村由美子)

スーパーボウルのコマーシャルは録画で見る時も早送りされないで視聴されると言われており、実際、試合終了後も次々ネットで拡散され、ベストやワーストのランキングまでが大きな話題となる。広告料はべらぼうに高い。2025年は30秒枠で8ミリオンドル(1億5000万円)だった。しかし、企業にとっては逃せないチャンスだ。

◎「毎年50万人のアメリカ人が肥満が原因で死亡」という強烈なメッセージで始まるTVコマーシャル

2025年の話題は、放映前から物議をかもしたテレヘルスのスタートアップHIMS & HERS HEALTH, Incのコマーシャルである。

https://www.youtube.com/watch?v=l5l6QMNnqoc  

60秒のコマーシャルは「アメリカ人の74%は肥満症」、「毎年50万人のアメリカ人が肥満が原因で死亡」という強烈なメッセージで始まる。流れる映像は体重計に乗る足、急上昇する国民の肥満率のグラフ、ビア樽のような裸のウェスト、カラフルなシリアルやソーダ。バック・ミュージックは人気ラッパーChildish Gambinoが歌う”This is America”であった。

「何かがおかしい、何かが破綻している」と続くメッセージは、「肥満はあなた個人の責任ではない」、「私たちを病気にして立ち往生させるように仕組まれた(社会)システムの問題」と続き、やがて30秒を過ぎたところで「でも(そんなシステムは)もうおしまい(But not anymore)」と転じる。

◎HIMS & HERSのソリューションは自宅に配達される医薬品のパッケージ

HIMS & HERSのソリューションは自宅の玄関に配達される医薬品のパッケージだ。明らかに太り過ぎの患者たちが、ちょっとはにかんだ表情で、でも晴れやかな笑顔で、内服薬や注射のアンプルを掲げて見せる映像がこれに続く。重なるナレーションは、”affordable, doctor-trusted, formulated in the U.S.A”(お手頃な価格で、医師に信頼されている、米国製)。かねて高価で庶民には手がでないと批判されてきたブランド薬の代わりにHIMS & HERSは容易に入手できるソリューションを提供しますと聞こえる。コマーシャルは”Join us in the fight for  a healthier America”(アメリカを健康にするために共に闘いましょう)と呼びかけて終わる。

◎CM映像公開後 消費者団体、製薬団体、医療者や患者団体、メディアから批判の声

スーパーボウルに先立ってHIMS & HERSのコマーシャルの映像がオンライン上に公開されるや否や、各方面から批判が巻き起こった。消費者団体、製薬団体、医療者や患者団体からも、また医療や法律のメディアからも厳しい批判の声が上がり、試合前週には上院議員2名(Dick Durbin:イリノイ州民主党、Roger Mershall:カンザス州共和党)が連名でFDAのトップ宛に、コマーシャル差し止めを含む厳格な行政措置をとるようにと要請する書簡を送っている。

批判の焦点はHIMS & HERSのコマーシャルが価格ばかりを強調し、適応症にも薬効にも副作用にもまったく言及していないこと。ブランド薬の代替として広告されている調合薬剤それ自体はFDAの認可を受けた製品ではないにもかかわらず、コマーシャルではそれを明示していないこと。「米国製」と銘打っているが、調合は米国内でも、使われている薬効成分は海外で製造された輸入品であると明示していないこと等々。患者に十分な情報を与えないで誤った判断に誘導しかねないとの懸念と批判である。

米国ではFDA認可の処方薬のコマーシャルに関しては、患者の安全のために提供されるべき情報についての厳格な規定があり、製薬企業等はそのガイドラインに沿って適応症、薬効、副作用等についての情報を細大漏らさずコマーシャルに盛り込まれなければならないことになっている。

しかし、一方でブランド薬が品切れ・品薄で市場での患者の需要に応じきれない場合には、処方薬局が医師・患者の要請に応じて同等の薬効成分で調剤した医薬品を代替品として提供することが認められており、この場合のオンデマンド代替調剤には薬効、副作用などの厳密な表示が免除されている。HIMS & HERSがコマーシャルしたのは、そのようなブランド薬のオンデマンド代替調剤サービスである。背景には、FDAに減量効果を認められたブランド薬たとえばOzempic(GLP-1)が常に供給不足で品薄であること、これが価格高騰と入手困難な状況を作り出しているという事情がある。

ともあれ、オンデマンド代替調剤には副作用の詳細な明示などは義務付けられていないため、HIMS & HERSがコマーシャル上で副作用等を明示しなくても現行法上は違法とは言えないのである。各方面から上がった数多くの批判、FDAに送られた書簡にもかかわらず同社のコマーシャルが予定通り放映された所以である。

◎政略? トランプ大統領就任員会に対し1ミリオンドル(約150億円)の寄付

一方にはHIMS & HERS HEALTH, Inc社がトランプ政権におもねっているのでは?との批判もある。きっかけは同社がトランプ大統領就任委員会に対して行った1ミリオンドル(約150億円)の寄付だ。寄付の直後、同社CEOが共同経営者になっているサンフランシスコのグルメ・ドーナツ・ショップのレビューサイトには激しい批判・非難の書き込みが殺到した。

これらの批判・非難に対し「国を率いる政治家と協働すれば、ビジネスも進化を加速できる」というのがHIMS & HERSの主張。だが、HIMS & HERSのスーパーボウルのコマーシャルが主張したメッセージ(米国民の肥満症を食品業界と関連づけるイメージの提示、肥満は社会システムの問題という主張、健康のために闘おうという呼びかけ等々)は、実際にはトランプ政権の厚生長官候補ロバート・ケネディ氏のMake America Healthy Againの主張をなぞって若者向け・大衆向けに味付けしただけでは?との穿った批判もある。

印象批判はさておき、医療業界の有識者たちはHIMS & HERSのような新しいビジネス形態に、法律が十分に追いついていないことの危険性を指摘し、法整備、行政措置を急ぐべきとし、同時にHIMS & HERSのコマーシャルはそのような認識と配慮に欠けると批判している。

実際、町の調剤薬局がリアルな地域内の顧客だけを対象に品薄のブランド薬の代わりにオンデマンド調剤を販売する場合の影響力やリスクに比べたら、200万人超の登録メンバーを擁するHIMS & HERSのような巨大プラットフォームが同じことを行う場合の影響力やリスクは計り知れないほど巨大なものとなりうる。

74%という肥満率から単純に計算すれば、減量薬の適応対象者数は、HIMS & HERS メンバー200万人中の148万人、2025年のスーパーボウルの視聴者1億3000万人中の9600万人、米国の総人口約3億5000万人中の2億6000万人である。
 
プリントCSS用

 

【MixOnline】コンテンツ注意書き
【MixOnline】関連ファイル
【MixOnline】記事評価

この記事はいかがでしたか?

読者レビュー(7)

1 2 3 4 5
悪い 良い
プリント用ロゴ
【MixOnline】誘導記事
【MixOnline】関連(推奨)記事
【MixOnline】関連(推奨)記事
ボタン追加
【MixOnline】記事ログ
バナー

広告

バナー(バーター枠)

広告

【MixOnline】アクセスランキングバナー
【MixOnline】ダウンロードランキングバナー
記事評価ランキングバナー