「制度改革を踏まえて効率化して品質を上げ、投資をしてさらに成長していく。経営者たるもの、この報告書を読んで、業界の中で半分の会社が倒れるだろうと感じたとしても、自社は生き残る半分に入り、さらに大規模化して頂上を目指す、というマインドであってほしいし、それを全社がやるべき」――。厚生労働省の城克文医薬産業振興・医療情報審議官は6月16日、東京都内で開いたミクス創刊50周年特別講演会で講演し、製薬産業に向けてエールを送った。医薬品の安定供給や創薬力強化の観点などから、新薬、ジェネリック、流通のいずれも構造的課題に直面している。城審議官は、“ファクトとロジック”を踏まえて構造的な課題を認識し、企業はそれを乗り越えるチャレンジをすべきと強調した。「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」が取りまとめた報告書に込められたメッセージを紹介する。(望月 英梨)
ミクス創刊50周年特別講演会の内容は、Monthlyミクス7月号(7月1日発行)に掲載します。
有識者検討会は昨年8月から、革新的医薬品の日本への早期上市や医薬品安定供給に向けて、議論を重ねてきた。「厚労省はこれまで、産業面では、創薬や長期収載品、ジェネリック医薬品などに分類してどう伸ばすか考えてきたが、なかなか実効性がなかった」と城審議官はこれまでの医薬品産業政策を振り返った。薬価であれば中医協、薬事であれば薬食審など、関連する専門組織で議論を深め、最適化を図ってきた。それにもかかわらず、医薬品の供給不安や日本の創薬力低下などの課題が顕在化してきた。「結局のところ、全部足したときに、ユーザーや産業の切り口からは不整合が起きている」と城審議官は指摘する。
◎有識者検討会 重視したのは「ファクトとロジック」、そして「共感」 城審議官
有識者検討会は、こうした医薬品業界が直面する課題に対する課題解決策を探る目的で発足した。当初、“流通・薬価制度”に焦点を絞った形で発足したが、「個別対策だけではこれまでと同じ。そもそも構造問題の解決でなければ政府が支援する理由がない。産業全体の現状を捉え、業界構造を洗い出し、解決策に向けた方向性を出すことが必要」と話す。産業構造を含めた幅広い検討を行うために、構成員を追加し、検討会自体も改組した。
議論に際し、重視したのは「ファクトとロジック」、そして「共感されること」だと城審議官は語る。製薬業界は、中医協の場などで薬価の維持などを主張してきたが、保険者をはじめとしたステークホルダーには、「儲からないなら供給できない、と業界エゴを言っているように見える」と指摘する。社会環境の変化に伴い、日本のほとんどの基幹産業の経営環境が厳しさを増すなかで、主張をしても、“それは本当に解決すべき課題なのか”、“ファクトはあるのか”、“なぜ、それが薬価問題なのか”、“企業側の問題ではないのか”、など、ステークホルダーからすんなり理解が得られず、「反論しているうちに時間切れ」の状況だったとも振り返った。さらに、「ステークホルダーにしてみれば、これまでの長い議論の積み重ねがあり様々な調整があって、色々な課題を解決するためにいまの仕組みがある、今の制度は合理的なのだ、とまず感じるだろう」とも指摘した。
城審議官は、「ユーザーである国民から見た課題とその解決には、薬価だけでなく、薬事や産業政策、補助金なども含めた全般的な解決策を講じるしかない。こうした様々な分野で方策を講じるから薬価でも整合性をもって対応してほしい、という全体構造がないと、そもそも話が通らない」と指摘する。実際、有識者検討会の報告書では、「医薬品産業を取り巻く現下の諸課題」に多くのページを割き、“ファクトとロジック”を明確化。一方で、答えはあくまで方向を示すにとどめ、具体策は中医協をはじめとした審議会や検討会に委ねる。「様々な分野で整合性をもって対応することと、考える前提となるファクトとロジックを整理してまず課題について共通認識を持ってもらい、解決につながる方向性を示したうえで、 “餅は餅屋”でサイエンスなり制度なりの専門家の場で適切な解決策を考えていただけないか、という渡し方をしたかった」と話す。
◎医薬品の安定供給 “産業構造”の問題
有識者検討会の報告書では、①医薬品の供給不安、②創薬力の低下とドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの懸念、③医薬品流通――を課題として、検討結果を取りまとめた。
なかでも、国民にとって最大の課題と言えるのが、後発品をはじめとした医薬品の供給不安だ。日医工や小林化工などの行政処分に端を発し、後発品を中心とした供給不足が顕在化。今もなお、多くの品目が出荷停止の状況にある。城審議官は、「“薬価が引き下げられたのだから我々は手抜きをしてもいい”と胸を張ってユーザーに言えるのか。企業が組織として医薬品産業に参入した以上、絶対にあってはならない考え方。“薬価が下がったのだから品質を下げていい、安定的に供給しなくてもいい”などユーザーの理解が得られる訳がない」と断じた。一方で、こうしたことが起きた背景について、個社の責任は当然あるが、“産業構造”の問題との見方を示す。
「後発品の使用促進で市場が拡大するなかで、必ずしも十分な製造体制や製造能力が確保できない多くの企業が参入した。共同開発でもいいと国も参入を促した」と指摘。さらに、品目数増加なども背景に医薬品流通で総価取引が横行する中、新薬の価格を維持するために、価格の安い後発品がいわば“調整弁”としての役割となってしまい、結果的に薬価が大きく引き下がってしまう現状にあることに触れ、こうした“構造的課題”を指摘した。
◎少量多品目生産 供給能力に余剰なく、供給不安長引く要因に
さらに、「業としての“少量多品目生産”による非効率が構造的課題の一つ。これを解決しないと、後発品の安定供給はできない」と問題意識を露わにした。
後発品の使用促進が掲げられるなかで、共同開発により、必ずしも十分な製造能力を確保できない多くの企業が新規品目を上市。製品として差別化ができずに結果として価格競争に走り、市場実勢価格に基づき、薬価が下落。長い期間販売する製品の赤字を新規収載品で得られる利益でいわば穴埋めする構造に陥っていた。多くの企業が参入した結果、品目が増加。薬局や医療機関、医薬品卸に在庫の観点からの負担が増加していた。一定期間の後に撤退する、いわば売り逃げの企業もあり、こうした状況が供給不安につながっていたと指摘した。有識者検討会の議論の中でも、「少量多品目の何が悪いのか」との声もあがったが、こうした“ファクトとロジック”を示したうえで、少量多品目生産により、供給能力に余剰がないために、供給不安が長引いたことを指摘。他の業界とは異なり、本来供給不安を起こすことが許されないはずの医薬品産業にとって課題との認識を示し、「産業構造そのものを見直す」必要性を強調した。
◎城審議官「品質が確保された医薬品を安定的に供給できる企業は評価すべき」
有識者検討会の報告書では、新規品目の上市に際し、十分な製造能力を確保していることや、継続的な供給計画を有していることなど、「安定供給を担保するする一定の要件」を求め、要件を満たさない企業は市場参入できなくなる仕組みを検討すべきとした。一方で、品質が確保された医薬品を安定供給できる企業については、「市場で評価され、結果的に優位となるような対策」を求めた。
城審議官は、「品質が確保された医薬品を安定的に供給できる企業は評価すべき。一方で、できない企業の評価は下げないとバランスが取れない」と指摘。「医薬品の安定供給は、“参入した以上、最低限満たすべき条件だろう”と言われる。しかし、構造的に業界全体として安定供給が実現できない現状を踏まえて、きちんと安定供給できる企業を差別化し、適正な価格評価をしてください、という話ができればと考えた」と説明した。後発品は3価格帯に統一されているが、例えばこうした製品を独立評価するなどの方向に触れたうえで、具体策は中医協での議論にゆだねる姿勢を強調。「そもそも今の供給不安について保険者は単なる被害者だ。要求や制度の不備について結論だけ指摘し、主張しても相手にされない。制度改革の必要性に共感してもらえるよう、ファクトやロジックをしっかり記載したうえで、プラスアルファの付加価値もさらにセットにした提案が必要」と述べた。
上市に際しての一定要件については、「ある程度品目を絞って、特許が切れる頃に、先発に対しこれくらいの供給量がないと薬事承認は取れても薬価収載をしない、ということがあってもいいのではないか」との見解を表明。これにより、「安定的に大規模に投資ができ、大規模製造がしてもらえる。そういう企業を評価すべき」と説明した。
あわせて、品質確保とともに生産性を向上させる企業努力の必要性も強調した。報告書では、「異業種におけるノウハウの活用について検討するとともに、迅速な薬事承認を可能とする体制の確保や変更手続のあり方を明確化することで、製造効率の向上に向けた企業マインドを醸成することについて検討」することも盛り込んだ。城審議官は、一変申請の手順の煩雑さなどから、定められた手順に則ることに重きを置き、品質や生産性を向上させる取組が現場に起きていないことも、制度に起因する「構造的課題」と指摘。連続生産などにも触れ、「しっかりやるためには、規制を変えないとダメ。規制側も改革するのだから、企業側も、ルール遵守はいわずもがなの大前提で、質の向上のための効率化・改革マインドをもってほしいということ」と説明。原薬の共同調達なども議論の俎上に載せる考えを示した。
◎「志の低いことは言わないでほしい。経営者には大規模化する、改革すると言ってほしい」
有識者検討会では、後発品産業の“業界再編”に踏み込んだ議論にも及んだ。報告書では、「他産業での業界再編に向けた取組も参考にしつつ、例えば、品目数の適正化に併せた製造ラインの増設等への支援や税制上の優遇措置を検討するなど、政府において、ロードマップを策定した上で、期限を設けて集中的な取組を行うべき」と提案しており、今後は新設される会議体で、後発品産業のあるべき姿や、実現に向けた議論が行われることになる。
城審議官は、「すぐに、というのは無理だろうと思っているが、将来的には各社が一社一社大きく育てばいい。品目数の適正化をしてほしいし、需要に合った適正規模の生産能力と生産余力を持ってほしい」と訴えた。制度的にも屋号の統一などを視野に、品目数の適正化を促す考えも示した。
一方で、製薬業界から、小規模な企業は撤退を促されるとの声が上がっていることにも触れ、「志の低いことは言わないでほしい。経営者たるもの、こういうヒントがもらえたのなら、先取りして大規模化する、先陣切って改革する、と言ってほしい。そもそもきちんとやるつもりがないならこの業界に参入すべきでないし、この報告書を見て“俺たちがいじめられる”と思うのは経営者のマインドとしていかがなものか。これを超えればいい、この中でテッペン取ればいいと考えるのが経営者の改革マインドではないのか」と訴えた。
(その2に続く)