ここ数年、各企業の人事部門は自社の社員に対して❝主体的なキャリア開発❞の重要性を強く説くようになってきた。その背景には、ヘルスケア産業のビジネスが大転換期を迎え従来の人事制度が機能不全に陥り始めていることが挙げられるが、日々の仕事に忙殺される個々の社員からすると、「キャリアと言われても何をどのように考えればいいの?」というのが本音ではないだろうか。そこで、本コラムでは成功するキャリア開発に必要な3つの視点を提示したい。
キャリア開発のCEOは自分自身
従来、会社員のキャリアパスは人事部門が大まかなルートを決めてくれていた。年功序列を前提とした終身雇用の人事制度の下では、人事異動のタイミングや昇格・昇進の条件などをあらかじめ設定しておくことで多くの社員にとって納得感の高い公平な人事管理が可能になるからだ。ただ、この人事部門主導の画一的なキャリア開発のしくみはビジネスが予測可能な範囲で成長し、いつどのような人材がどこで必要になるかを見通せる場合にのみ機能する。
幸か不幸か、ヘルスケア業界ではビジネスモデルに影響を与えるような大変革はこれまで起きてこなかったため人事部門主導のキャリア開発が機能してきたが、ここ数年のデジタル技術の進展やAIの実用化は業界の働き方を大きく変え、人事制度にも柔軟性や多様性が求められるようになってきた。その結果、これまでのキャリア開発のしくみは機能不全に陥り、その主体者は人事部門から個々の社員へと急速に移りつつある。
こうした変化は、❝自分のキャリアに自分自身が責任を持つべき時代❞に入ったということを示しているが、そのことは厚生労働省が示している『働き方の未来 2035』からも読み取ることができる。そこでは、今後さらに働き方が多様化する中で個々の社員は企業の枠組みを超えたプロジェクトベースでの就労を繰り返すことが主流になると予測している。こうした働き方の変化に伴って個々の社員には、❝自分自身を一つの会社に見立ててその経営方針に責任を持つCEOになる❞という覚悟が求められることになる。
Will-Can-Mustの交わるエリアがめざすべき道
キャリア開発の主体者になる覚悟を持ったとき、多くの人は、「自分の将来をどのように決めればよいのか?」という疑問や不安を持つようになるが、それらを解消するための有効なアプローチとして、❝Will-Can-Must❞というフレームワークがある。これは、キャリア開発セミナーなどで古くから教材とされている思考の枠組みで、Will, Can, Mustの3つの項目について自身の思いや経験を書き出して、その重なり合う部分を軸に自身のめざす道とするシンプルなものだ。
では、各項目についてどのようなことを書き出すべきかを見てみたい。
●Will:自分の意志
- やりたいこと、達成したいこと、挑戦したいこと
- 実現したい働き方や理想とするライフプラン
例) マーケティング部門で製品の責任者になりたい、子育てと仕事をバランスよく両立させたい...
●Can:仕事に活かせる自身の強み
- 当該業務や研修などを通じて獲得してきた知識、仕事を通して培ってきたスキル
- コンピテンシー(成果を生み出す行動特性)、パーソナリティ
例) 定性データ分析のノウハウ、ドクターの意図を汲み取るコミュニケーションスキル...
●Must:社会から求められていること
- 普遍的な社会ニーズ
- ビジネス環境の変化から考え得るあらたなニーズ
例) ビッグデータ解析による医療の効率化、あらたなドクター向けサービスの創造...
おそらく、多くの方がキャリアプランシートにWillやCanを書いて提出した経験があると思うが、Mustについては意外に無意識であることが多い。しかし、変化の激しい時代になるとMustが的外れだったり時代遅れだったりすると一人よがりなキャリア開発計画を立ててしまうことになりかねないので、常にMustを理解し、ここを起点にキャリア開発を考えていくことが肝要になる。
キャリアのブルーオシャン戦略で人生の勝者になる
言うまでもなく、キャリアは自身を主体に考えるものではあるが、時として他者の動きにも目を向けながら考えることが必要になる。たとえば、具体的なポジションをめざす場合に自分以外にどれくらいの人がそこをめざしているのかを考えることなどがこのケースに該当するが、このときに有効になるのが❝ブルーオシャン戦略❞だ。
ひとことで言うと、競争相手が少ない(またはほとんどいない) エリアをめざしてキャリアプランを描くという考え方だが、決してそのことを軸にキャリアを考えるということではない。あくまで先ほど述べた❝Will-Can-Must❞というフレームワークでキャリアプランを考えるのだが、この時に❝少し視点をズラす❞という点がポイントになるので、以下にそのイメージを示しておきたい。
(1) 職種をズラす
ある薬剤の全国での売上を拡大したいというWillからマーケティングの仕事を希望する人は多いが、そのイスをめぐる競争は激しい。しかし、少し視点をズラして、その医薬品の経済的価値を最大化することで売り上げを高めるということを考えると、比較的競争相手の少ないマーケットアクセスの仕事が視野に入る。Willを職種ベースだけで考えず、「誰に対してどのような価値を提供したいか」という視点で深掘りしていくと、あらたなチャレンジが視野に入る可能性が出てくる。
(2) 会社をズラす
オンコロジー領域のスペシャリストとして専門性の高いMRになりたいというWillから抗がん剤のパイプラインを持つ製薬メーカーを志す人は多いが、この競争率も決して低くはない。しかし、多くの種類の抗がん剤を扱うことが自身のキャリアパスの広がりを生むということを理解できれば、CSOという選択肢もとても大きな意味を持ってくる。社名だけでWillを考えずに「どのような働き方がスペシャリストとして自身の価値を高められるか」という観点で考えると、あらたな選択肢が現れやすくなる。
さて今回は、「成功するキャリア開発に必要な3つの視点」を提示してきたが、これらはいずれもキャリアを考えるヒントでしかなく、絶対的な方法論ではない。あくまで、ご自身のキャリアを考える一つのきっかけとして本コラムを参照いただき、具体論については個別にご相談をいただければ幸甚である。
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