中医協は5月29日の総会で、がん遺伝子パネル検査2製品について56万円(5万6000点)で保険適用することを了承した。一度の検査で、複数の遺伝子変異を網羅的に把握できるのが特徴で、がんゲノムに基づいた医師の迅速な治療方針決定をサポートする。がんゲノム医療が幕をあけ、個別化医療の実現に弾みがつくことが期待される。要件には、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)へのデータ提出が含まれており、がん遺伝子パネル検査を通じてがんゲノム情報を集約化するプラットフォームが国内にも構築されることになる。集積されたがんゲノム情報を人工知能(AI)で解析するなどして、革新的新薬が創出されることにも期待がかかる。保険適用は6月1日の予定。
◎保険適用は中外製薬とシスメックス社の2製品
この日、保険適用が認められたのは、▽FoundationOneCDxがんゲノムプロファイル(中外製薬)、▽OncoGuideNCCオンコパネルシステム(シスメックス)―の2製品。いずれも、検体提出時8万円(8000点)、結果説明時48万円(4万8000点)で、合計56万円(5万6000点)を算定できる。
がん遺伝子パネル検査は、標準治療がない、もしくは終了となった固形がん患者のうち、主治医が化学療法の適応となる可能性が高いと判断した患者に対して、実施することができる。検査の説明・同意取得後に検体を採取。がん薬物療法の専門家などで構成されるエキスパートパネルで解析結果を意義づけしたレポートを作成する。担当医がこれを活用して、患者に結果を説明し、治療に当たる。これまでは、EGFR遺伝子やRAS遺伝子など、個々の遺伝子変異に着目して検査を実施しており、時間とコストがかかっていた。パネル検査の保険適用で時間の短縮化やコスト低減が見込めるほか、検体採取時の患者負担の軽減なども期待できる。
保険適用されたFoundationOneCDxがんゲノムプロファイルは324、OncoGuideNCCオンコパネルシステムは114の遺伝子変異を一度に調べることができる。さらに、FoundationOneCDxがんゲノムプロファイルはさらに4がん種、6遺伝子の変異を検出し、特定の医薬品の適応の判定に用いる“コンパニオン診断機能”を有している。ただ、標準治療の可否を判断するのに用いるコンパニオン診断は、がん遺伝子パネル検査とは実施時期も異なる。そのため、保険適用上は、使用の目的で明確に切り分け、コンパニオン診断機能を活用する際は、がんパネル検査の点数では算定できず、非小細胞肺がん、悪性黒色腫などの診断として算定することになる。
◎がんゲノム医療中核拠点病院などに限定
実施できる施設は、がんゲノム医療中核拠点病院11施設と、それに準ずる医療機関。同省は将来的に全国どこでもがんゲノム医療を提供できる体制を構築することを目指しており、がんゲノム医療拠点病院30施設を今秋に指定することを目指すなど、体制整備を進めている。
◎パネル検査のピーク時予測 中外、シスメックスともに1万3000人規模
パネル検査のピーク時予測(市場規模)について、中外製薬は23年度の1万3532人/年(販売金額:75億円/年)、シスメックス社は23年度の1万3172人/年(73億円/年)を見込んでおり、体制整備も求められるところだ。
【FOCUS がんゲノム医療が一歩前進 超早期診断、革新的新薬開発へ】
「がんゲノムデータと実診療データを組み合わせることで、新たなインサイトが生まれる」-。中外製薬の小坂達朗代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)はこう話す。一つのカギを握るのが、今回保険適用されたFoundationOneCDxがんゲノムプロファイルだ。これに実診療データを掛け合わせることで、新たなビジネスを生み出すことに意欲をみせる。
がん遺伝子パネル検査の保険適用に際し、患者にがんゲノムデータのC-CATへの提出を説明することが必須要件となっている。患者から同意が得られれば、C-CATへのデータの集積、さらに患者が同意すれば製薬企業やアカデミアが二次利用することも可能になる。
2018年度の薬価制度抜本改革と同時に政府が閣議決定した「医薬品産業強化総合戦略~グローバル展開を見据えた創薬~」では、海外市場への展開を見据えた「創薬大国」日本の姿が描かれている。その戦略の柱の一つが、がんゲノムなどなどを通じた、日本発のシーズが生まれる研究開発環境の改善にほかならない。その大きなカギを握るのが、がん遺伝子パネル検査だ。
パネル検査を通じて集積されたがんゲノムをプラットフォームに、産官学が連携する「がんゲノム医療推進コンソーシアム」を構築。個別化医療を推進し、治療成績を向上する。さらにその先には超早期診断技術や革新的新薬開発へとつながることを見据える。厚労省も、がんゲノム医療中核拠点病院を中心とした医療提供体制の整備や産官学連携に舵を切ってきた。
一つ象徴的なのが、産官学が足並みを揃えて、がんゲノムの集積について厚労省に要望した点だ。日本医師会(横倉義武会長)は4月17日付でがんゲノム情報が集積されるよう、国や専門医療機関、企業などの関係者が協力し、医療保険上の取り扱いや必要な法整備に取り組むことを要望。5月20日に開かれた「革新的医薬品創出のための官民対話」で日本製薬工業協会(製薬協、中山讓治会長)ら製薬業界が、がんゲノム情報などリアルワールドデータ(RWD)を適切に利活用するため、政府が主導して環境整備に努めるよう強く要望。同日付で、日本医学会(門田守人会長)が「アカデミアや企業が迅速かつ公平・公正に学術研究等に利用できる体制整備」を求めるなど、医療界も産官学一体となった環境整備を求めた。
欧米ではすでに政府主導で、がんゲノムデータ集積に動く。日本の動きを周回遅れと揶揄する声もある。ただ、日本は国民皆保険で質の高いデータを有するというアドバンテージがある。それだけに、インフラが整備され、産官学が一体となった“オールジャパン体制”で、叡智を結集することで“創薬大国”が実現することへの期待も大きい。そして、これこそが、日本発のエコシステムにほかならない。
高齢化に伴って社会保障費が増大するなかで、薬価制度に代表されるように、国内の製薬産業を取り巻く環境は厳しさを増している。一方で、国をあげた創薬環境の整備は外資系企業にとっても、日本市場への投資を維持するインセンティブにもなる。革新的新薬の創出へ―。がんゲノム医療の扉がいま、開かれた。(望月英梨)
Monthlyミクス6月号(6月1日号)では、中外製薬の小坂達朗代表取締役社長 兼 最高経営責任者(CEO)とのインタビュー「がんゲノム×実診療データで個別化医療を発展」を掲載しています。ミクスOnlineでは本日(5月30日)よりご覧いただけます(会員限定)。記事はこちらから。