厚生労働省医政局医薬産業振興・医療情報企画課の水谷忠由課長は本誌インタビューに応じ、検討を進める“革新的医薬品等実用化支援基金”について、「創薬基盤の強化は広く産業界に裨益するものだと思っている」と意義を強調した。基金は、国費と製薬企業などからの出えん金(寄付金)で造成するが、「国費は民間の寄付と同等以上」の予算を確保する考え。“10年間”という長期スパンで継続的な支援を行う。政府をあげて創薬力強化に取り組む中で、基金の創設により、官民がタッグを組んでスタートアップ支援を強化し、総力をあげて日本発の創薬エコシステム構築にアクセルを踏む。(望月英梨)
基金の設置が盛り込まれた薬機法等改正法案は1月27日に自民党厚生労働部会で今通常国会への提出が部会長一任で了承され、31日に公明党厚生労働部会でも了承された。現在与党で議論されている状況にあることから、水谷課長は、「現在検討中」であると断ったうえで、基金創設の意義と検討の方向性を本誌に語った。
薬機法改正をめぐる水谷課長への一問一答はミクスOnline(2月上旬を予定)、Monthlyミクス3月号への掲載を予定しています。
◎官民タッグのスタートアップ支援で創薬エコシステムを構築
革新的医薬品等実用化支援基金を通じて政府が目指すのは、官民が強力にタッグを組んで、スタートアップ支援を行い、創薬エコシステムを構築する姿だ。構築されたエコシステムが欧米の産業界や規制当局などと結びつき、グローバルに展開することも視野に入る。
政府は23年末に内閣官房に「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」を設置。昨年7月の創薬エコシステムサミットでは、岸田首相が「日本を創薬の地としていく」と宣言。医薬品産業を「成長産業、基幹産業」に位置付けることを明言するなど、政府として創薬力強化へのコミットメントを鮮明にしてきた。今回の基金の造成もこうした政府の施策の一環に位置付ける。
◎創薬基盤強化、アカデミアシーズの実用化を支援 業界の意見を踏まえて検討
基金は、国費と製薬企業など民間からの出えん金(寄付金)で造成。独立行政法人医薬基盤・健康・栄養研究所(基盤研)に設置する。期間は10年間。厚労省が今通常国会に提出を見込む薬機法等改正法案の中に、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所法の改正を盛り込み、基金の枠組みを構築する。
基金を通じた支援により、まずは創薬インフラの強化を目指す。全国各地に創薬クラスターは存在するものの、クラスター内には不足する機能があることも指摘されている。このため、インキュベーションラボや動物実験施設の整備、スタートアップ支援事業などに取り組む創薬クラスターキャンパス整備事業者(インキュベーション事業者や製薬企業など)の取組みについて、厚労省が計画を認定。基金を通じて支援(補助)する。24年度補正予算では「創薬クラスターキャンパス整備事業」として予算を確保した。水谷課長は、この事業に加え、アカデミアシーズ等の実用化に向けた橋渡しの支援を行う「創薬エコシステム発展支援事業」について、基金による支援に向けた「いわばモデル事業」(水谷課長)に位置付け、検討を進める。
アカデミアシーズの実用化支援を主眼とした「創薬エコシステム発展支援事業」は、AMED事業との切り分けも指摘されるところ。水谷課長は、「AMEDの事業は基本的に全額公費で、アカデミアを中心に医薬品の開発そのものを支援するという構図だ。一方、創薬エコシステム発展支援事業は、⺠間の企業によるスタートアップ支援の取組みを支援しようということ」と違いを説明する。
「我が国の創薬エコシステムの発展のために、事業として必要な形はどういうものなのか。まずは、モデル事業の中で検証していきたい。業界の意見も聞きながら中身を形作っていきたい」と意気込む。
◎基金造成で「単年度主義の例外になる」 国費は「民間の寄付と同等以上」
基金の予算規模については、「モデル事業の実施状況を見ながら適切な規模を考えていきたい」と水谷課長。ただ、国費は「民間からの出えん金と同等以上」とする方針も示し、政府としてのコミットメントを強調した。なお、24年度補正予算で「創薬クラスターキャンパス整備事業」は70億円、「創薬エコシステム発展支援事業」が30億円を計上している。
支援の方法として基金を選択したことで、「単年度主義の例外になる」ことも特徴だ。「エコシステムの構築には複数年にわたった支出が必要な一方で、各年度での必要額の見込みが難しく、弾力的な運用が必要だ。法律案でも、こうした事情であらかじめ複数年度にわたる予算を確保しておくことが安定的・効率的な事業の実施に必要なものに限って基金を造成する旨を明記することとしている。趣旨に則った形で進めていきたい」と話す。創薬そのものやその基盤の構築には時間がかかることも指摘される中で、長期的な視野に立って支援を行う考えを強調する。
◎「特定団体に基金が流れる予定はない」 “創薬力強化機構”構想は「白紙の状態」
基金を通じた支援先については、「我々が事業として推進したいと思う枠組みに沿った取組みをしていただける事業者であれば、広く支援していきたい。特定の団体にだけお金が流れるようなことを予定しているものではない」と強調する。武見前厚労相の提唱する「一般社団法人創薬力強化機構」が基金の受け皿になるとの憶測も一部にあったが、「一般社団法人は民間組織。厚労省は、民間組織の準備状況について詳細を承知しているわけではない」と断ったうえで、「関係企業が広く任意で集まって新しい組織を設立する取組みは、白紙の状態になっていると承知している」とも話した。
10年という長期間の支援になることから、「基金というもの⾃体に対し、“野放図にすべきではない”という要請も当然ある」との認識も表明。基金のあり方については、施行後3年を目途に検討し、必要な措置を講ずることも条文中に明記する考えも示した。
◎エコシステム構築は「官民をあげて継続的に取り組む必要がある」
「創薬エコシステムの構築は国だけでもできないし、民間だけでもできない。官民をあげて継続的に取り組む必要がある」と水谷課長は語る。「創薬のことを一番わかっているのは民間。十分な競争が働いている領域であれば民間が投資すべきもの。しかし、民間だけではどうしてもリスクを取り切れないことから、設備投資や支援に踏み切れず、エコシステムという観点で十分なプレーヤーが揃っていない領域もある」と指摘。官民の協働により投資リスクが低下し、創薬基盤の強化が進むことで、結果的に個々の製薬企業が注力する領域でも競争力が高まるなどの波及効果も見込む。
「構築された創薬基盤が広く産業界に裨益するという流れができ、国際的な創薬エコシステムと結びつきながら形作っていくということができればいい」と期待を寄せる。製薬企業がグローバル展開する中で、海外の規制当局との接点を強化することも重要になっている。海外の投資家やベンチャーキャピタルなどからの資金調達も実際に行われている。こうしたなかで、「グローバルな創薬エコシステムとつながった形で実用化に向けたサイクルが回っていくことが重要だと思っている」と話し、世界に門戸を開いたエコシステムの姿を描いた。
◎「チャンスと捉えて製薬業界とともに作り上げる」 財政当局とも「認識を共有」
政府が創薬力強化を打ち出す中で、実施が決定した25年度中間年改定について製薬業界内に否定的な意見があることにも言及した。「色々な意見があることは真摯に受け止める。ただ、政府としてイノベーションの評価と、安定供給の確保を大切にしていきたいというメッセージは何ら変わっていない」と表明。「医薬産業振興・医療情報企画課は、まさに業界の窓口になる課。引き続き業界とコミュニケーションをよく取っていきたい」と業界と対話する姿勢を強調した。
そのうえで、課長に就任以降、創薬力強化と安定供給に注力してきたことを振り返り、「今回の法律案は、これらの課題に対応できる制度的枠組みを作るもの。それにあわせてこれまでにないくらいの規模の予算を確保し、事業も行っていく。こうした課題に国がきちんと向き合って対応していこうとしていることの表れだ」と強調した。財政当局も、医薬品産業が成長・基幹産業であるとの認識を「共有していると感じている」と水谷課長。「だからこそ、複数年にわたって継続的にコミットして、何とかしていきたいという想いで取り組んでいる。ぜひチャンスと捉えて、創薬エコシステムを製薬業界も一緒に作り上げていただきたい」と製薬業界にメッセージを送った。