日本製薬工業協会(製薬協)の上野裕明会長(田辺三菱製薬代表取締役)は本誌取材に応じ、日本の研究開発企業の進む方向性として、「“オンリーワン”の医薬品を創出できるような企業が日本にあったら、世界から見ても素晴らしいことではないか」と述べ、希少疾患をはじめとしたアンメットメディカルニーズに挑む産業像を描いた。上野会長は、日本の創薬力低下に強い危機感を示したうえで、オンリーワンの製品を生み出すことで、規模によらず、世界に“存在感”を示す企業像を熱く語り、「世界で戦える業界の一つになっていきたい」と意欲を見せた。そのためには、制度面からの後押しの必要性も指摘し、希少疾患の承認要件の見直しなど、薬事規制を含めた環境整備の必要性を訴えた。
◎「グローバルで競争できる産業に」
「日本の製薬企業と冠をつけて言えば、日本の中でイノベーションが生まれ、それを事業化し、海外で展開して収益を上げる。恩恵という意味では、日本だけでなく、世界の患者さんに貢献する。ビジネスとしては日本に還元し、日本の経済が発展していくというのが理想像だ。どう実現するかは個社が考えることだが、一言で言うと、グローバルで競争できる力を持つことがまず必須だ。日本の中でビジネスを行う企業も当然あるが、業界全体で見れば、そういう産業になっていきたいし、なっていくべきだと思っている。世界で戦える業界の一つになっていきたい」-。日本企業を中心とした創薬力の低下が指摘され、骨太方針でも、「創薬力強化」が一つの焦点となるなど、政府も強い危機感を抱く状況にある。こうした中で、上野会長は、こうした現状に強い危機感を示したうえで、「創薬力強化は研究開発型企業にとって自分ゴト」と話し、進むべき姿をこう力強く語った。
◎希少疾患が潮流の今「規模によらずチャンスは逆に広がっている」 世界に存在感も
創薬力の観点から、欧米メガファーマとの企業規模の差なども指摘されている。上野会長は田辺三菱製薬で創薬本部長、製薬協でも研究開発委員会委員長を務めるなど、研究開発で豊富な経歴を持つ。上野会長は自身の経験を踏まえ、「個人の見解も含まれている」と断ったうえで、世界的に創薬の潮流が変化していることを指摘する。生活習慣病などでブロックバスターが多く生まれた2000年代初頭は、同じような創薬ターゲットに対して複数の医薬品が登場した。豊富な資金力を有し、グローバル展開するメガファーマが凌駕した時代でもある。
上野会長は、「だんだんそういう創薬ターゲットは少なくなってきていると感じている。一方で、治らない疾患はいまだに多くあり、それがだんだん希少疾患になってきた」と説明。“ベストインクラス”を目指す競争から、「希少疾患などで、それぞれの企業が自分の得意分野を見つけ、どういうイノベーションを発揮できるかという、別の意味での競争が生まれてくるのではと思っている」と話した。
一方で、「科学技術の進歩で、一言で言えば、新たなモダリティで切り込めるようになった。規模に頼らずに、チャンスは逆に広がっているのではないか」と話す。さらに、遺伝子解析や病因解明に至る探索研究などが進んでいることにも触れ、「世界で存在感を表せるようなチャンスが、これから増えるのではないか」との考えを示した。
“創薬力”がグローバル売上で語られがちなことにも疑問を示し、アルツハイマー病治療薬・レカネマブや、ALS治療薬・ラジカヴァを引き合いに、「世界的に薬がない中で世界に出しているという意味では、そういう存在感の表し方もあると思う。世界の希少疾患に向けて、日本の製薬企業はこれからまだ貢献できる」と強調。「“オンリーワン”の医薬品を創出できるような企業が日本にあったら、世界から見ても素晴らしいことではないか。規模ではなく、日本の製薬企業は、こういう所で頑張っているというようなことが発信できれば、日本は素晴らしい国だと思っていただける日が来るのではと思っている。そういうものを実現したい」と熱く語った。
◎希少疾患で治験が進みやすい国に 一度仮承認などの薬事規制の検討も
希少疾患で日本の製薬企業が存在感を発揮するうえで、治験環境や承認など、薬事規制面での整備の必要性も指摘した。新型コロナのパンデミックで患者数の組み入れが難しいなどの課題も明らかになったことに触れ、「重篤な希少疾患で、治験に患者数が集まらない場合と、生活習慣病のような薬の治験のあり方、それぞれたぶんありようが違っている。それに対して、もう少し具体的にケースバイケースで、どういう承認手段がいいのか。あるいは、一旦仮承認を与えた後の本承認に向けてとか、そういう設計が必要になってくるのではないか」と述べた。また、海外データの利用についても検討が必要との考えを示した。
上野会長は、小規模の治験で仮承認をするなど、「希少疾患などに対する治験が進みやすい制度が必要だ。世界に先駆けて日本の企業が新薬を出しますよ、ということ。逆に、グローバル企業が日本ファーストで入ってくるかもしれない」と話し、日本の強みを活かすために、国にも制度面での後押しを求めた。
◎“エコシステム”を回す コラボの数やプレーヤー数の増加を成果に
エコシステムの重要性が指摘される中で、会長を務める2年間で、「コラボレーションの数や、プレーヤー数の増加などがある程度数字的に示せれば、まず一ついいのではないか」と成果にも意欲をみせる。
上野会長は就任会見で、創薬力強化に向けて、「創薬エコシステムがうまく回るための“ミッシングピース”を見つけていきたい」と意欲を語っていたが、「アカデミアやベンチャーなどのスタート地点はひょっとしたら早いのかもしれないが、事業化するスピードなどは海外に対して後れを取っているというのは事実だろう。それは何か。資金なのか、制度なのか。そこをもう少し掘り下げていくというのが“ミッシングピース”だと思う」と述べ、原因を突き止め、解決に注力する姿勢も強調した。
◎24年度薬価改定「特許期間中の薬価維持」が命題 長期収載品の議論「我々も覚悟」
一方で、「イノベーションの適切な評価」の必要性も強調。新薬創出等加算の臨時・特例的な増額がなされた2023年度薬価制度改革を振り返り、「イノベーションの評価はされたと思っている。ただ、枕詞的に、“短期的”とか“一時的”という言葉がついている。単年度ではなく、制度としてこうしましょう、ということが2年間でできれば私なりの成果かな、と思っている」と述べた。
24年度改定の議論に向けては、「特許期間中の薬価維持」を命題に位置付ける。イノベーションの薬価上の評価としては新薬創出等加算があるが、「新薬創出等加算は、一度薬価改定で下げておいて、要件に該当する製品に上乗せする仕組みだ。我々は、こういう製品であれば、薬価を維持するということ。そうなれば、予見性も保てる」と述べた。
一方で、骨太方針原案には「長期収載品の自己負担の見直し」も盛り込まれており、今後長期収載品をめぐる議論も想定される。「長期収載品もすべからく、ということでもないと思う」と述べ、対象となる医薬品の範囲などの議論に積極的に参画する姿勢を示した。上野会長は、以前から“メリハリ”という言葉が用いられていたことに触れ、「我々もある覚悟を持っているということかと思う」と表明。「個社それぞれが構造転換を図ってくるのは、致し方ないことかなと思う」とも述べた。
◎有識者検討会の報告書「一定の評価」 今後の議論参画に意欲
このほか、厚労省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」の報告書が取りまとめられたことについても所感を語った。「医薬品産業を取り巻く課題が幅広い視点で捉えられており、非常に良かったと我々は思っている。解決に向けた方向性も書かれており、我々の意見とかなり合致しており、一定の評価をしている。ただ、具体的な所は、まだ十分に書ききれていないというのも事実だと思うので、今後示された方向性に従って、具体的な解決策に落とし込むために、さらなる議論がなされると期待を込めて思っているし、我々もそこに参画したい」と意欲を語った。(望月英梨)