中医協診療側の長島公之委員(日本医師会常任理事)は10月27日の中医協総会で、「賃上げを確実に達成していくという政権の目標に沿うためにも、公定価格である診療報酬を確実に引き上げる対応が必須だ」と強く主張した。岸田政権が賃上げの実現を掲げるなかで、厚労省は看護補助者など医療関係職種の給与の平均が全産業を大きく下回っているとのデータを提示した。長島委員は、医療・介護の人材確保が困難になっているとして、「地域医療存続の危機にかかわる由々しき事態だ」と語気を強め、24年度改定に向けて財源確保の必要性を強調した。
◎医療関係職種の給与は全産業下回り、人材流出 入院基本料での対応検討求める声も
厚労省は、医療関係職種(医師・歯科医師・薬剤師・看護師を除く)の給与の平均は全産業平均を下回っているとのデータを示した。特に、看護補助者については全産業を大きく下回っている状況にある。20~22年の直近の医療関係職種の有効求人倍率は2倍~3倍程度で、入職超過率は22年には産業計を0.3%下回っている状況にある。なお、23年春期生活闘争の結果によると、全産業の平均賃上げ額/率は、1万560円/3.58%。
一方で、看護師の処遇改善をめぐっては岸田政権が賃上げの実現を掲げて対応を進めている。22年2~9月は補助金、22年度診療報酬改定で看護職員処遇改善評価料を新設するなどで対応してきた。厚労省はこの日の中医協に、対象医療機関のうち2553施設では、評価料が予定通り運用され、賃金が改善されていることが確認されたと報告した。ただ、救急医療を担う医療機関など対象医療機関が限定的であることや、確保が困難である病院薬剤師が対象となっていない。このため、入院・外来医療等の調査・評価分科会では、「他職種も含めた賃金引き上げを実現するには、入院基本料等での対応を検討すべきではないか」との指摘もあがっていた。
◎診療側・長島委員「地域医療存続の危機にかかわる由々しき事態」
診療側の長島委員は、「医療・介護の賃上げは一般企業に及んでいない。その結果、高齢化等による需要増加にもかかわらず、他の産業に人材が流出しており、両分野における有効求人倍率は、全職種平均の2~3倍程度の高い水準で高止まりしているなど、人材確保が困難な状況だ。これは、地域医療存続の危機にかかわる由々しき事態だ」と語気を強めた。「公定価格により経営する医療機関においては、価格転嫁ができないことなどにより、経営努力のみでは対応が困難なことから、医療機関が賃上げや人材確保に対応できるよう、十分な原資が必要であることは疑いの余地がない」と強調した。
看護職員処遇改善評価料について補助金からの移行という事情もあり、「評価体系として技術的な課題もあるということが、今回の実績報告の結果からも見てとれる」と指摘。「それぞれの医療機関が雇用している医療従事者の職種構成や賃金の評価体系等、個々の医療機関が考慮しなければならない事情が千差万別であることは、十分に評価すべきものであり、十分に配慮しなければならない」と述べた。そのうえで、「賃上げを確実に達成していくという政権の目標に沿うためにも、公定価格である診療報酬を確実に引き上げる対応が必須であり、従事者の給与の上昇、および人材を確保する原資の確保が求められているということだと考えている」と述べた。
◎支払側・松本委員「医療機関のマネジメントで賃金低い職種に還元を」
一方、支払側の松本真人委員(健康保険組合連合会理事)は、「補助金と診療報酬の性格が異なるということは十分留意をした上で議論に入るべき」と述べた。そのうえで、24年4月から、医師の時間外・休日労働の上限を年960時間に規制する「医師の働き方改革」がスタートするなかで、「医師から看護師へのタスク・シフト、あるいは看護師と看護助手のタスク・シェア等が本格的に進むと、医療機関内の人件費の配分が変化する可能性が十分ある」と指摘。「処遇改善のために診療報酬を引き上げるということではなく、医療機関のマネジメントにより、高齢化に伴う医療費の増加を相対的に賃金が低い職種に還元する流れにしていくべき」との考えを示した。厚労省の示した資料が医師、歯科医師、薬剤師、看護師を除いたデータであることから、「こうした方々も含めた上で、データお示しいただきたい」と要望した。
◎22年度医療費の伸び 支払側・松本委員「デフレ下でも診療報酬本体は引上げトレンド」、「医療界も効率化を」
22年度の医療費は、オミクロン株の流行によるコロナの急拡大などで増加している。診療側の茂松茂人委員(日本医師会副会長)は、「感染対策の経費の増加、追加的人員の確保、患者数の拡大に対応できる体制を築いてきたそのためのコスト」と理解を求めた。また、15~22年度の直近8年間の医療費の対前年平均伸び率は1.79%で、これを基にすると、20年度はマイナス2.2兆円、21年度はマイナス1兆円で、合計3.2兆円と推計されるとして、「20年度、21年度のコロナ禍における医療費減少のダメージは、今も残っている」と主張した。
これに対し、支払側の松本委員は、「一般的に産業を考えた場合、売上が毎回伸びるだけではない。生き延びるために企業はコストダウン、効率化も図ってきた。医療業界においても、効率化をぜひ図っていただきたい。安易に診療報酬での評価をこれ以上増やすべきではないということは強調させていただく」と述べた。
診療側の長島委員は、「医療界でもコストダウン、効率化にしっかり努めてきた。しかし、限界がある」と表明。「人なくして医療なし。医療は人だ」と力を込め、「効率化、コストダウンは、限界がある。診療報酬は公定価格であり、他に転嫁できない。医療界は、他の産業界とは異なる特性、性質があるということを踏まえて対応すべき」と強調した。
支払側の松本委員は、“医療は人”であることに同意を示したうえで、「一方で、診療報酬を長いトレンドで見た場合、デフレ下でも本体に限っては継続的に上がってきたという事実がある。それについても十分ご認識いただきたい」と返した。
診療側の長島委員は、「まずは高齢化による自然増もあるとともに、医療・医学は急激に進歩している。これにしっかりと対応するためにも、当然医療費は必要になり、自然に増える。ただ、そこに十分な手当が今までされていたのか。それがなければ、医療費の経営的な対応、体質というのはすでに痩せ細っているのではないか」と述べ、一歩も譲らなかった。
◎支払側・眞田委員「患者負担、保険料負担への影響を十分に踏まえた議論が必要」
支払側の眞田享委員(日本経済団体連合会社会保障委員会医療・介護改革部会部会長代理)は、骨太方針2023を引き合いに、「今回の診療報酬改定で更なる対応を検討するという場合でも、患者負担、あるいは保険料負担への影響を十分に踏まえた議論が必要」との考えを表明。また、「費用の使途の見える化を通じた透明性の向上が大前提。医療機関が得た収入がどのように配分されているかは国民および費用負担する側にとって非常に重要な情報だと考えるので、この点はぜひ押さえておきたい」と強調した。