
医療費削減の圧力が強まるなかで、日本医師会の宮川政昭常任理事は2月13日の定例会見で、「社会保険料の削減を目的にOTC類似薬の保険適用除外やOTC医薬品化を進めることは、重大な危険性が伴う」と反対姿勢を露わにした。「医療機関の受診控えによる健康被害」に加え、現役世代を含めた「経済的負担の増加」につながるとして、「
政策として容認できるものではない」と強調した。宮川常任理事は、「高齢化の伸び率により財政が厳しいことも承知しているが、安全や公平性が損なわれないように慎重な議論とバランスの取れた政策が求められるのではないか」と述べ、拙速な議論に釘を刺した。
◎維新 社会保障改革で現役世代の負担軽減 OTC類似薬の保険外しで1兆円の医療費削減
OTC類似薬の保険適用除外をめぐっては日本維新の会が、25年度予算案をめぐる自民、公明と3党の政調会長会談の中で、社会保険料を下げる改革案の方策として提案し、協議が進められている。「OTCを活用したセルフメディケーション」の推進で、約1兆円の医療費が削減され、現役世代の負担軽減につながると強調。26年度から実施が可能な「先行実施項目」として、“最速”での実現を求めている。維新は、社会保障改革を25年度予算案に賛成する条件の一つとしており、自公に早期の決断を迫っている状況にある。
◎軽微な症状に隠れて「重篤化」のリスク指摘 「確実に多くの方が不幸を背負う」
宮川常任理事は、OTC類似薬の保険適用除外などについて、「まず懸念されることは、医療機関の受診控えによる健康被害」との考えを表明した。「端から見て軽微な症状だとしても、医師の診断を受けることで、重篤な病気の早期発見につながる場合がある。むしろそのような診療では、重大な病気でないことの確認こそが大きな役割だ。しかし、保険適用が除外されると患者さんが自己判断で市販薬を使用して、適切な治療が受けられずに重篤化する可能性が高まる」と説明。「結果として治療が遅れて合併症を引き起こし、かえって高額な医療費が発生するリスクがあるのではないか。このリスクは、個々の人たちの危険性が少し増す程度との過小評価を下す方もいるが、国全体から見ると、確実に多くの方々がご不幸を背負ってしまうため、政策として容認できるものではない」と強調した。
◎経済的弱者の負担増を懸念 「社会保障というセーフティネットを毀損しかねない」
「経済的負担の増加」の観点からも問題点を指摘した。OTCは処方薬よりも価格が高いとして、「特に経済的に困窮している人々の負担が増える。医療アクセスが制限されることで健康格差が広がり、結果として社会全体の健康水準が低下する恐れもある」と懸念を示した。
小児では医療費助成制度がある地域が多い中で、「結果として、子育て世代の自己負担が結果として増えてしまうこともある」と指摘。「社会保障である医療について病気になった方々が過度な自己負担を強いられることは、弱者にさらなる追い打ちをかける行為であり、社会保障というセーフティネットを毀損しかねないという観点から見ても賛同しがたい論点だ」とも述べた。
適正使用の観点からの課題にも言及した。日本人の医療リテラシーが国際的にみて低い中で、「医師の診断なしに市販薬を選ぶことは、間違った薬の使用や相互作用による健康被害が広まるという危険性がある。特に高齢者や基礎疾患を持つ人は複数の薬を服用していることが多く、服用のリスクも増大する。さらに薬剤師の先生方の負担が増して医療現場への影響も懸念される」と述べた。
宮川常任理事は、「保険料を支払っているにもかかわらず、保険が使えなくなり、結果として自己負担が増えることや薬の適正使用が難しくなる仕組みは国民にとって望ましいことではない」と強調。「日本医師会は国民生活を支える基盤として必要かつ適切な医療は保険医療により確保するという国民皆保険制度の理念を今後も堅持すべきであり、国民皆保険制度において給付範囲を縮小すべきではないと考えている」と表明した。
◎松本会長「医療費削減の目的のみに着目したセルフメディケーションに反対」

この日の会見では、松本会長や常任理事が自身の診療する診療科についてOTC類似薬を保険給付から外すことに対する問題意識を相次いで語り、日本医師会として医療現場に与える影響を「重大な問題」として捉えていることを印象付けた。
国がセルフメディケーションを推進する中で松本吉郎会長は、「私どもとしては、国民自身がヘルスリテラシーを高め、自らの健康をしっかり見つめ、薬の作用や効用も含めて考える“セルフケア”は大変重要だと思っている。しかし、医療費削減の目的のみに着目したセルフメディケーション、薬を使うということについては明確に疑問を持っており、反対している」と強調。「しっかりと医療にアクセスされた中で、医師と色々相談し、納得しながらお薬の適正使用を進めていくことが大事だ」と述べた。そのうえで、「ただし、災害やへき地などで、医療にアクセスできずに自己判断でお薬を使われることまで否定するということではない」と述べ、“医療費削減”を目的とした議論を牽制した。
◎処方薬とOTC 価格だけなら「5~10倍」の開きも 「患者の悲鳴聞こえている」
松本会長は皮膚科の立場から、ステロイドなどで処方薬とOTCの価格を比較したところ、「5~10倍ぐらい」OTCの方が高いと説明。結果的に現役世代の負担も増えるとして、「非常に患者にとっては本当に苦痛だという声が上がってきている。私の下にも患者さんからの悲鳴がもう聞こえてきている。是非このことについてはしっかりとご一考いただきたい」と訴えた。
ただ、処方薬では医療機関・薬局に支払う診療報酬・調剤報酬がプラスされる。自己負担の観点から処方薬の薬価とOTCの価格の単純な比較はできないことも指摘されるところ。この点を問われた松本会長は、「医療機関にかかって医師の診察、コメディカルからのサポートを受け、処方箋が出されて調剤薬局で説明を受け、お薬をいただいたトータルの金額とお薬の金額を比較するのはどうなのか」と指摘。「様々なケースがあるので、具体的な金額で比較することはできないかもしれないが、価格が10倍開くようなものもあり、場合によっては診察を受け、処方箋料を入れても、逆にそれこそその方が安いケースもお客にあり得ると思っている」と述べた。薬剤師とは「役割分担と連携が重要」との考えを強調した。
◎小児医療への影響訴え 早期発見を逃すリスクも
維新が現役世代の負担軽減を訴える中で、小児医療などへの影響の大きさも訴えた。小児医療は、地域で医療費助成が行われており、OTC類似薬の保険適用除外で自己負担が増加することが懸念される。
釜萢聡副会長は小児科医の立場から、「小児の特徴としては、病気にかかった後の色々な症状の変化がかなり急激でさっき非常に元気だと思っていたのが急に悪くなるということもしばしばある。なるべく医療機関への受診のハードルを下げておくという事はとても大事な事なので、その点からも大変懸念される事態だ」と説明。「小児科医としては、絶対このようなことがあってはならないと思っている」と強調した。
笹本洋一常任理事は眼科医の立場から、「OTC化されて高額な医薬品を購入することになると、特に小児では非常に大きな家計への負担の増加になる。本来であれば医師の正確な診断による治療が求められ、自己判断による病状の悪化などの懸念がある」と強調した。
黒瀨巌常任理事は消化器科医の立場から、逆流性食道炎を歌える患者に食道がんのリスクが潜んでいることを引き合いに早期発見を逃すリスクを指摘。「かかりつけに相談することができずに、薬局さんで薬を買うだけになってしまうと、そこまでの細かい症状のフォローアップや適切な検査のアドバイスを受けることができなくなる。我々が危惧するのは、見つかるはずの早期の食道がんが見つからない、助けられるはずの食道がんの患者さんを助けられないことにも結びついていくことだ」と訴えた。