総務職のSさんは企業の知名度にこだわって転職活動をしていた。その理由とは…。
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今でこそ多くの人に「転職エージェント」という事業は認知されているが、10年前、このサービスを理解してもらうのは、なかなか大変なことだった。派遣と間違われるのは日常茶飯事。「人を紹介するビジネスって合法なんですか?」と、人身売買の違法業者を見るような目でギョッとされることもあったくらいだ。
他にも説明しづらい仕事をしている人は、ビジネスの上だけでなく、友人同士や家族関係のなかでも何かと苦労をしているものである。
産業技術専門商社A社の管理部門マネージャーSさん(39歳)は、知名度のある会社に転職しようと努力を続けていた。Sさんが知名度にこだわったのは、自分の小学二年の息子に、自分の仕事を理解してもらうためであった。
「私はずっと総務でキャリアを積んできたのですが、総務は会社の裏方。仕事も多岐にわたり、子供に説明してわかるようなものではありません。それに、A社は技術商社で、この事業がまたわかりにくい。」
Sさんの話は続く。
「転職を考えはじめたきっかけは現職A社の業績不振・将来の不安ですが、転職するなら、息子がおおざっぱにでも事業内容を理解できる会社、または名前を聞いたことのある会社にしたいのです」
聞けばSさんの息子さんは、父親の仕事のことで友だちからバカにされたことがあるのだとか。A社は堅実な企業、総務も立派な仕事なのだが、子供の目には分かりにくく、少なくとも尊敬の対象にはならなかったらしい。
体が小さく、内向的な性格の息子…、このままではイジメの対象にだってなりかねないと考えたSさんは、「転職するなら、自慢の父親になれる会社に」と心を決めていた。
だが、当然のことながら有名企業は人気が高く、そうそう簡単に内定はもらえない。そもそもこの不況下、管理部門の募集をかけている企業自体極めて少ない。結局、総務管理職の募集をかけている企業すべてをあたりつくしても、Sさんに朗報が届くことはなかった。
当面、応募できる会社がなくなったSさんだったが、転職が難しくなったことで、ひとつのアイディアに行き当たった。
Sさんは10年以上前から、趣味で、ネットオークションなどを使ってアンティークの売買をやっていた。そして、A社は数年前に従業員の副業を認める社則の改訂をしていた。
「内定がもらえないなら、自分で会社を作ってしまおう。ベンチャーを起業した経営者ということなら、息子も友だちに自慢できるのではないか」
Sさんのこの発想は大当たり。長男はクラスメートに「社長」の文字が入った父親の名刺を自慢げにみせ、周囲の尊敬を集めたという。
こうしてSさんは当面A社に留まって仕事を続けながら、社長業をすることになった。
それから半年。律儀なSさんから季節の便りが届いた。
「作った会社ですが、今は妻が経営者になって、予想以上の利益をだしています。日中、私はA社の仕事があるので、妻に事務を任せていたのですが、私のように商品に思い入れがないぶん、価格設定が的確なんですよ。つい最近、地域のフリーペーパーに取り上げられたりしていて、おかげさまで息子はいじめられることもなく、『自慢のママがいて嬉しい』と学校帰りに、仕事の手伝いをしてくれています」
とりあえず息子さんが元気で嬉しそうなSさんなのだが、「自慢の父親になる」』と息巻いていた彼を思い出すと、少し切ない気持ちになってしまう我々なのであった。
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