【解説】武田薬品によるシャイアー買収のインパクト イノベーション追求型構造転換
公開日時 2018/05/09 03:52
「医薬品産業ビジョンの中でグローバルメガファーマを目指す企業があってもよいのではないかと指摘してきたところ。(武田薬品によるシャイアー買収は)この方向性に沿うものとして歓迎する」-。厚労省医政局経済課の三浦明課長は本誌の取材に、こうコメントした。国内過去最大6兆8000億円(460億ポンド)の買収となる武田薬品のアイルランド・シャイアー社買収の報道に関係者も様々な思いを募らせた。製薬企業各社も国内トップ企業の買収劇に反応した。各社の新薬パイプラインが生活習慣病からオンコロジー、希少疾患へとシフトする中で、武田薬品もそのビジネスモデルの変革を迫られた。研究開発費が高騰する中で、製薬企業が生き延びる道のひとつに“規模の追求”がある。過去にファイザーやメルクに代表されるものだ。しかし、今回の武田薬品の買収劇は、製薬ビジネス新時代を見据えた「イノベーション(創薬技術)の追求」を意識した、新しいモデルと捉えることもできる。(望月英梨)
◎本社は日本 米国に強いプレゼンスを持つ ウェバー社長
「(買収後も)日本に本社を置くが、(シャイアー買収により)米国に強いプレゼンスを持つことができる。そこでは多くのイノベーションが起こっている。東京証券取引所に加え、ニューヨーク証券取引所に上場することで、米国資本にアクセスできる。これは非常に魅力的なビジョンだ。日本の企業として、リーディンググローバルカンパニーになれる」-。クリストフ・ウェバー代表取締役社長CEOは5月8日夜のプレス向け電話会議でこう語った。シャイアー社の買収で、同社のグローバルの売上高は3兆円を超え、一気に世界第9位のグローバル企業に上り詰めることに成功した。ウェバー社長にとって、今回のミッションの核心の部分でもある。
シャイアー社は売上高の65%が米国だ。海外市場での成長が売上高を牽引してきた武田薬品だが、依然として34%は日本国内の売上に依存する。この日の電話会議で、ウェバー社長は「確かに日本の市場環境は厳しさを増している」と認めた。高齢化に伴う医療費負担の増大が見込まれるなかで、薬価・薬剤費を狙い撃ちにする政府の医療費抑制策が断行される日本市場において、これまで同様の右肩成長は見込めない。2018年度に断行された薬価制度抜本改革の影響も、今後の経営を見通せば重くのしかかる。こうした中で、米国48%、日本19%というグローバルモデルへの転換は、今後の製薬ビジネスにおいて必然の流れと捉えている。
◎希少疾患への挑戦は命題
さらに製薬企業の経営にとって最も重くのしかかるのが研究開発費の高騰だ。「もっとも革新性の高い会社になりたい」とウェバー社長はこの日の電話会議で熱弁した。続けて、「イノベーションのレベルを維持し、競争力を維持する上で研究開発への投資をするためにはグローバルでのプレゼンスが必要だ」とも語った。ウェバー社長は自身の社長就任時に同社のフォーカスエリアを消化器系疾患、ニューロサイエンス、オンコロジーに限定した。過去の武田薬品の屋台骨を支えた高血圧や糖尿病を重点領域から外す戦略に、当時異論を唱える声も聞かれたが、いま振り返ると、開発戦略の集中と選択という視点と、今回のシャイアー買収の流れが決して別物でなかったと読み替えることもできる。
高度に革新的新薬に据える36のプロジェクトのうち、実に3分の1以上がオーファンドラッグだ。生活習慣病などのマス市場が開発され尽くされた感もある中で、希少疾患に挑むことは製薬企業にとってはいまや命綱ともいえる。逆に、生活習慣病薬で収益を上げる経営がリスクとなっていることは明白で、2010年以降のパテントクリフの後遺症をいまだ引きずっているグローバル企業も多く、いずれもフォーカスエリアの設定とパイプラインの確保に苦しんでいるのが実情だ。
実際、希少疾患に強みをもつシャイアー社の収益性は高い。ただ、リスクも高い。さらに、臨床試験の患者登録から売上高に至るまで、規模がなければ投資を回収することさえままならない。
◎シャイアー社買収から見る成功のカギはイノベーション技術の習得
パイプラインの1/3が臨床後期段階にあるシャイアー社の買収は、短期的なメリットを見込むだけでなく、遺伝子治療や遺伝子組み換えたんぱく質など次世代創薬に欠かせない革新的技術との融合で、イノベーションを起こすことにも期待がかかる。革新的新薬の開発に欠かせないオープンイノベーションも、米・ボストンに研究開発拠点を置くシャイアー社が有するアカデミアやバイオテクノロジー企業とのパートナーシップの活用も見込める。
シャイアー社のSusan kilsby会長は、「今回の統合により、さらに強靭な、豊富な研究開発パイプラインと世界各地に広範な拠点を有するバイオ医薬品企業誕生の一翼を担う」とコメントを寄せた。まさしく、旧来型からのビジネスモデルから脱却し、革新的イノベーションを生み出すための挑戦とも見て取れる。
これに対しウェバー社長も、「イノベーション主導型としての武田薬品のトランスフォーメーションを加速させる」ことをシャイアー社買収の狙いとして語った。創薬確率は2万分の1とも言われるほどリスクの高いビジネスだ。しかし、これまで安定性が高い日本市場に軸足を置いたことが結果として、過去の内資系製薬企業の経営者を及び腰にさせていた感も否めない。武田薬品は今回の買収で、6兆円規模の有利子負債を抱えることになり、財務状況へのリスクを懸念する声も多い。ただ、超低金利政策を敷く日本であるからこそできる挑戦でもある。ウェバー社長が製薬業界にあった殻をあえて破ったとも見て取れる。そこに時代の変化も見え隠れする。
◎国内企業はどう見たか―外資化懸念の声 一方でビジネス転換の“きっかけ”との声も
一方で、日本国内の製薬業界からは、武田薬品の外資化を懸念する声も聞かれた。経営陣の多くが日本人以外となったことに加え、今回の買収で新会社での武田薬品の株式比率は約50%となる。「武田は日本市場を捨てた」との厳しい声も業界内では囁かれる。この日、ウェバー社長は、「ルーツというものは、なければならない。歴史に紐づけられた国籍のようなものだ。武田薬品は日本の企業で、議論の余地なく疑うことなく武田は日本に本社を置くべき」と語った。従業員の海外比率は現在の80%から買収後には90%まで高まるという。しかし、「それは関係ない。我々は日本の企業であり、企業国籍であり、我々の価値観は非常に強い。我々の歴史に紐づいているので疑う余地がない」(ウェバー社長)。長年の歴史で築かれた“タケダイズム”を今後も踏襲する方針も明確にした。
厚労省のある幹部は、「無国籍企業ほど、弱いものはない」と語った。市場規模だけでなく、レギュレーションや創薬環境などを熟知しているからこそ、製薬企業にとって新たな挑戦もできる。自動車業界では、採算が悪化した日産自動車を救ったのはフランス自動車大手のルノーとのアライアンスだ。
日本市場の医薬品マーケットの在り方も大きく変化する中で、他の内資系企業もこうした動きに追随する可能性もある。日本のリーディングカンパニーである武田薬品の動きをきっかけに、製薬ビジネスの産業構造転換の扉は開いた。