選考結果を待つ転職者の心境は、まるで恋に落ちた乙女のよう。居ても立ってもいられないものだ。

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とある朝の一幕。我々のところに転職者の方から電話があった。
「おはようございます」
「おはようございます、どうされました？こんなに早くから」
「今日、私が受けた会社の選考結果が出ると聞いていましたので、どうなったかと思いまして…」
「そうでしたね、たしかにミーティングがあって、二次面接に進む人が決まると聞いています。でも、役員出席のミーティングは午後のはずですから、結果が出るのは早くでも三時頃じゃないでしょうか」
「そんなに長い時間、待たなければならないんですか？」

転職活動をするなかで、まるで恋い焦がれるように、ひとつの会社に執心してしまう人は意外に少なくない。あいだに入る我々のところには、矢のような催促が飛んでくることになる。

経営企画職のKさん（31歳）はネットビジネスA社に応募、面接を受けて入社を熱望するようになった。当初、KさんがどれほどA社に惚れ込んでしまっていたか気づかずにいた我々は、
「A社の選考の進み具合については、逐一連絡をください。よろしくお願いします」
というKさんの頼みに
「分かりました。何かあれば、出来るだけ早くお伝えするようにしますね」
と、軽く受けてしまった。

それから一週間、二次面接の前後になると、Kさんからのメールは文字通り引っ切り無しになった。
『面接に着ていく服で迷っています。A社ではどういったスーツ・シャツが一般的なのでしょうか？服装の文化は、企業によって差があると思いますので…。』
『昨日、A社のホームページで、IR情報の更新があったのですが、更新前の数字が見られなくなってしまいました。教えていただけますか？』
『今日面接した他の候補者の評価は、どうなっていますか？』
面接の細々としたアドバイスから、企業情報の確認、他の人の選考状況まで、Kさんはありとあらゆる情報を求めてきた。

「他の応募者の方の情報は、勘弁して下さい」
とお断りしようとしても、Kさんは納得しない。
「別に個人情報を教えてくれというわけじゃないんですよ。ただ、ほかにどの程度有力な候補者がいるか知っておきたいだけです」
「しかし、A社が今日面接したのは、経営企画ではなく営業職の人なんですよ？」
「分かっています。けれど、企業には採用予算というものがあるでしょう？営業で良い人が多くいれば、経営企画にも影響がないとは言い切れないのではないですか？」
「いやぁ…」
「選考に進み具合については、逐一、出来るだけ早く伝えていただけると約束して下さったじゃないですか！」

Kさんのメールの量は、本当に驚くほどのものだった。想像するに、居ても立ってもいられない、何かしていないと落ち着かないといった心境だったのだろう。
正直いって、我々もKさんのメールには辟易していたのだが、しかし、それもこれも突き詰めて言えば、A社に転職したいという熱意から出ていること。出来ないことは出来ないとしながらも、我々は可能な限りの情報提供をKさんに続けた。

ただ、どれほど熱意があっても、縁がないという時はある。結局、Kさんは諸々の理由でA社不採用という結果になってしまった。
すると、他の選考はいくつか残っているにも関わらず、彼からのメールの量は一気に減り、他の方と同様、面接後に感想をやりとりする程度に落ち着くことになった。
「普通にしているけれど、Kさん、A社に落ちたのはさぞかしショックだったんだろうなあ…」
我々は傷心のなか、転職活動を続けるKさんに同情をしていたのだが、数週間後、金融サービスB社の面接を受けた翌日から、Kさんのメールは、また一時間おきに届くようになった。

我々は思わず、
「B社は、A社と同様にぜひ入社したい会社のようですね」
とメールしたのだが、それに対するKさんのコメントがすごかった。
「まだ、B社の面接の感想を何も言っていないのに、どうして分かったんですか？」

KさんがA社・B社に心を奪われているのは、誰がみても分かることだと思うのだが、どうも本人は、それほどあからさまとは気づいていなかったらしい。これもまた、恋心のなせるわざなのだろうか。