5年前に転職者したKさんから「後輩を紹介したい」という電話があった。彼との会話で、我々は思い出したことがあった。

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自動車部品メーカーで働くエンジニアのSさん（28歳）は、会社の業績不振で仕事がほとんどなくなってしまい、将来を不安に感じて転職活動をしていた。
彼が望むのはエンジニアにとっての「普通の会社と普通の仕事」そして「安定と安心」。これはごくごく一般的な転職者の希望である。
ただ、Sさんは面接での決め手にかけ、応募と不採用を繰り返していた…。

そんな時、我々のところに約5年前に自動車メーカーA社に転職したKさん（30歳）から連絡が来た。前の会社の後輩を紹介したいというのだ。
「ありがとうございます。それにしても、お久しぶりですね。その後、A社での仕事はいかがですか？」
「いやあ、周りが優秀ですから、大変ですよ」

Kさんが転職をしたのは、エンジニアが転職に有利な時期だった。中堅企業で小規模の開発をやっていた第二新卒Kさんが、自動車メーカーに採用されたのは、たいへんな幸運だったと言っていいだろう。
ただ、好景気に大きな会社に転職できたとしても、それが本人にとって必ずしもしあわせとは限らない。周囲についていけず自信喪失、再転職という人も少なくないからだ。
Kさんの言葉に、少し不安を感じた我々だったが、幸い、A社は転職入社者へのサポートがしっかりしており、Kさんは苦労しながらも、充実した日々を過ごせていると話してくれた。

「それで、紹介したい後輩なんですが、学生の頃から知っていて、なかなか優秀なんですよ」
「分かりました。さっそく連絡してみますが…」
我々の懸念は、その後輩が大きすぎる期待を持っているのではないかということだった。今は市況が違いすぎて、Kさんと同じような転職を望むのは、まず不可能に近いのである。
「今は時期が悪く、転職が簡単ではないですよ。特に大手はまだまだ人員過剰のところが多くて、正直、Kさんがしたような転職を成功させるのは、至難のわざなんです」
「分かっています。後輩も大きなことは望んでいませんし、夢みたいなことを言い出すヤツじゃないですから」

「夢みたいなこと」と言われて、我々はKさんが面談にやってきた時のことを思い出した。
「動くモノが大好きで、子供の頃は自動車とかロケットとか飛行機とか、そういうものの設計図を書いてばかりいました」
Kさんの言っているのは、小学生～中学生の頃に書きためた設計図。B5の学生ノート10冊には、ファンタジーの世界がいっぱいつまっていた。
普通なら、そんなものは何の足しにもなりはしない。だが、当時まだキャリアもろくになかったKさんが、根っからのエンジニアであることを一番よく示しているのは、そのノートであるように我々には思えた。

A社に事前に連絡を入れた上で、面接にノートを持参させてもらった。ダメでもともとという気持ちだったが、古いノートを見た技術部長は笑ってくれた。
「うちの次男坊が、これとソックリのノート持っていますよ。エンジニア連中は、みんな、一度はやるんだよなあ」
Kさんが内定になったのに、そのノートがどのくらい貢献したかは分からない。だが、彼の「モノを作るのが好き」という情熱が伝わった手応えは確かにあった。

景気の潮目がかわり、今、面談のなかで「夢みたいなこと」を話合う機会はめっきり減ってしまった。だが、KさんがA社で内定をもらえたのは、景気が良かったから、企業のニーズが強かったからというだけではない。彼が本当に、自動車が好きだったから、それが彼の転職の推進力だった。

話は、転職に行き詰まっているSさんに戻る。彼にしていない質問があった。どんなものを作るのが好きか。何をしているときが一番楽しいか。どんな夢を持っていたか…。今は、好きというだけで仕事を得るのは難しい時だ。しかし、それを聞いていけないということもないだろう。ひょっとすると、次へのヒントが隠されているかもしれない。
「こういう話は、メールでは出てこないんだよな」
我々は独り言をいいながら、Sさんの携帯をならしたのだった。