不惑の30歳
公開日時 2010/11/25 04:00
転職に戸惑いはつきもの。だが、Tさんには決断にいっさいの迷いがなかった。
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我々のところに来る転職者は、基本的に皆、迷っている。いや、迷っているから我々のところに来ると言うべきだろうか。
今いる会社を辞めるべきかいなか、何を軸に新しい仕事をさがせばいいのか、どの会社に応募しようか、面接ではどんな話をすればいいか、内定を受けるべきか断るべきか…。決断を迫られることは、山のようにあるのだから無理もない。
そんななか、まったく迷いを見せない転職者がいれば、記憶に残るのは自然なことだろう。Tさん(30歳)は大手系列の商社に勤務していたが
「部署が変わって関連企業間のコーディネート役になり、外に打って出る仕事が出来なくなってしまった。これでは本当の営業力は身につかない」
と、会社を辞す覚悟を固めていた。
キャリアをより高めたいというTさんの志は、我々の目から見ても理にかなっていたが、彼が現職で得ている待遇は、かなり恵まれたものだった。現状では相当の年収ダウンを覚悟しなければならないことを伝えると、Tさんは「まったく問題ありません」とキッパリ言い放った。
だが、我々は経験している。当初は、年収ダウン・企業規模にこだわらないと言っていた人達が、選考が進むにつれて、どんどん保守的になっていく…。それは、ごくありふれたことなのである。
Tさんは家庭を持つ身。はたして彼は、どこまで自分を保っていられるのだろう。我々はTさんの転職活動を支えつつ、どこか懐疑的な気持ちを捨てきれずにいた。
しかし、Tさんは自らの言葉に忠実だった。
家計のやりくり上、最低限必要とした額を超えていれば、その他の福利厚生や企業規模をほとんど気にせず、どんどん応募書類を出し、面接に望んでいた。
そして、たとえ名前のある会社でも、給与の高い仕事でも、面接で納得できない仕事と分かると、躊躇なく辞退を決めた。
ここまで決断がはやい人はそうはいない。我々はひそかに感嘆していたのだが、クライマックスはこの後にひかえていた。
Tさんは1ヶ月足らずの転職活動で機械商社A社から内定をもらった。まだまだ厳しい転職市場を考えると、非常に早い内定である。
そして、この時、Tさんにはもう1社、最終選考に残っている企業があった。外資系商社B社は、Tさんが応募している会社のなかでほとんど唯一、年収ダウンにならない企業であり、面接の感触もまずまずであった。
幸いなことにA社が「1週間以内に返事が欲しい。」と若干のモラトリアムをくれたため、TさんはB社の最終選考を受け、1週間という期限に間に合うかどうか確実ではなかったものの、B社の最終判断をあおぐチャンスがあった。
しかし、彼はA社の内定をもらうとすぐに
「では、A社に入社します」
と、決断を下してしまった。
もちろん我々は、あらためて彼に状況を伝え、B社の結果を待てるかもしれないと説明をしたのだが、彼はそれを「潔し」としなかった。
「最初に内定を貰えたというのは、それだけ高く評価をしていただいたということ。それにすぐ応えないというのは失礼でしょう」
入社後、気持ちよく働くという意味では、彼の言う通りではあろう。だが、他の会社の結果も見てみたいというのが人情であり、一般的な反応のはずだ。
ここまできっぱりとものごとを決められるのは、礼儀正しいとか、決断力があるというのを越えて、何か人としてのスケールの大きさを感じずにはいられなかった。
孔子の説話を集めた『論語』から、「不惑」は40歳を指す言葉とされている。40歳くらいになれば、物事の分別がつき、何をするにも迷いが生じなくなるとされているわけだが、Tさんは30歳にして不惑の域に達しているのかもしれない。実に羨ましい達観である。
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