日本医師会の松本吉郎会長は11月2日の会見で、2024年度改定について財務省が財政制度等審議会で初・再診料の引下げなど、診療所を狙い撃ちしたことに対し、「極めて遺憾だ」と強く批判した。医療界が一丸となって新型コロナに立ち向かい、さらには岸田政権が構造的な賃上げを掲げ、診療報酬の議論が本格化する「重要な時期」に、「特定の領域には賃上げの対応は必要ないといった議論は、医療・介護業界全体にとって、到底受け入れがたいものであると強く感じている。これまで支えてくださった全ての方にとって大変残念なこと」と述べ、医療界の分断を煽る財務省の動きに反発。医療界に団結を呼びかけた。24年度改定に向けて、「大幅なプラス改定」を主張し、「基本的には基本診療料での対応が必要だ。外来については、初・再診料での引上げを強く求めたい」と強調した。
◎診療報酬は2年に1度「他産業との差を埋めるだけでなく、来年の春闘に匹敵する対応を」
「高齢化の伸びにとどまることなく、診療報酬の大幅なアップなしでは賃上げは成し遂げられない。賃上げという岸田政権の重要政策を踏まえ、今年の春闘や人事院勧告の上昇分との差を埋めるだけではなく、さらに、上がると見込まれる来春の春闘に匹敵する対応が必要だ」-。松本会長は、24年度改定に向けて“大幅なプラス改定”を要望する。
今年の春闘では3.58%、人事院勧告では3.3%、さらに来年の春闘に向けては5%程度の賃上げを求められているとの情報があることを紹介。また、医療機関の人件費率に加え、物価高騰を踏まえた消費者物価指数の上昇を考慮する必要性を強調する。「診療報酬は2年間を見るものだ」として、他業種との差を埋めることに加え、医療機関が中長期的に安定的な経営ができるような対応が必要だとの考えを示した。さらに、「医療は高齢化ももちろんあるが、それ以上に最近は医療の高度化も影響している。高度医療や高額な医療機器や医薬品が入ることに対応していく必要がある。しっかりとやっていくためには、高齢化のシーリングをかけてある範囲内で、とても賄えることではないことは常識的に見ても明らかだと私は思う」と強調した。
松本会長は、「過去30年近く類を見ない物価高騰や賃上げの局面を迎えている現状は、これまでと明らかにフェーズが異なっており、近年の診療報酬改定の取り組みとは全く異なる対応するが必要だ。診療報酬改定においても、コストカット型から完全に脱却し、異次元の対応が必要だ。賃上げは利益剰余金のようなストックではなく、賃上げは高齢化のシーリングに制約された従来の改定に加えて、診療報酬改定の中において、別枠で行う必要がある」と強調した。
◎財務省調査は「“儲かった”という恣意的印象与える」 日医調査ではコロナ特例除くと「若干悪化」
財務省主計局は11月1日の財政制度等審議会財政制度分科会に、2024年度診療報酬改定について、「診療所の報酬単価を引下げること等により、現場従事者の処遇改善等の課題に対応しつつ診療報酬本体をマイナス改定とすることが妥当」と提案した。
診療報酬改定の議論が本格化し、新たな経済対策策定の直前であっただけに、松本会長は、「まさに医療・介護業界が一丸となって政権の方向性に沿って進んでいく重要な年だ。医師会としては、他の団体とも診療報酬改定の大きな方向性において行為を一つにして歩んでいくべきという想いだ。その重要な時期にあって、特定の領域には賃上げの対応は必要ないといった議論は、医療・介護業界全体にとって到底受け入れがたいものであると強く感じているし、これまで支えてくださった全ての方にとって大変残念なことだと思っている」と述べた。
財務省が主張の根拠とした、機動的調査の結果についても、「儲かっているという印象を与える恣意的なものと言わざるを得ない」と批判した。財務省の機動的調査では経常利益率が20年度の3.0%から22年度には8.8%に急増しているとして、診療所の収益は「極めて良好」と分析していた。これに対し、松本会長は、「コロナ禍で一番落ち込みが激しかった2020年をベースに比較すること自体、ミスリードと言わざるを得ない。儲かっているという印象を与える恣意的なものと言わざるを得ない」と批判。日本医師会がTKC医業経営指標を基づき、独自に分析した診療所の経営状況(医業利益率)はコロナ流行前の17~19年度は平均4.6%、20~22年度の直近3年間では平均5.0%で「ほぼ同水準」と説明。コロナ特例などを除くと平均3.3%程度とし、「むしろコロナ流行前よりも若干悪化している可能性がある」と説明した。
松本会長は、「新型コロナに対しては、診療所も含めて、医療従事者が国民と一体となって、昼夜問わず不眠不休で、未知のウイルスに立ち向かい、日本の医療を支えてきたことの証だと考えている。お前たちは休日返上で働いて、その部分を伸びたんだからいいじゃないか、と言わんばかりの資料を提示されたことは極めて残念だ」と語気を強めた。「経営面で見ても、あくまで一過性のものであり、報酬特例の見直し等によってむしろ、経営環境が悪化していくものと考えている」との見方を示した。
◎利益剰余金切り崩せば「赤字」に転落 「地方の医療提供体制の弱体化を招く」と反発
賃上げが焦点となる中で、財務省は、機動的調査によると利益剰余金が2年間で18%(1900万円)増加しており、これは看護師など現場従事者の3%の賃上げに必要な費用(140万円/年)の約14年分に相当するとのデータを引き合いに、“ストック”の活用で十分賃上げが可能だと主張していた。
これに対して、松本会長は、「利益剰余金を削る、ないしは減らすということは、通常はその法人が赤字に転落することを意味する」と説明。赤字に陥ることで、投資や銀行からの新たな借り入れも難しくなるとして、「経営悪化を引き起こすことは決してあってはならない」と強調した。「例えば高額の医療機器の買い替えや、医療設備での建て替え、借入金の返済、従業員の退職金の積み立て等に充てられます。また、遅れているとされている医療DXの対応などの新たな投資もこれから必要となる。さらには将来の感染症や災害など不測の危機に備えることも必要であり、安定した経営には剰余金の蓄積は必要だ」と説明。「賃上げはフローで行うべきであり、あくまでコロナ禍という特殊な状況で生まれて、感染対策に使うためのストックは、賃上げの原資とするものではない」と強調した。
特に、新たに開業した診療所では10年ほどはストック(利益剰余金)がない状況だとしたうえで、「今後、地方において、新たに若い医師に地域医療に参入していただき、その担い手となっていただくことで、地域医療を支えていただかなければならない中で、”医療機関の賃上げは公定価格の中では見ない、利益剰余金を取り崩して実施しろ”というのは、あまりに理不尽な話だ。持続可能性が望めず、結果として地方の医療提供体制の弱体化を招くことをしっかり認識すべきだ」とも述べ、財務省の主張を批判した。
また、財務省の機動的調査は医療法人ごとの経営・財務状況に基づいて集計されていることから、「自由診療を行っている医療法人や複数の医療機関を経営する医療法人が含まれている可能性がある。自由診療に伴う医療費には公費、国費が含まれていないので、自由診療を実施する医療法人の経常利益を含んだ数字を持って、公定価格である診療報酬の議論を行うことは不適格だ」と指摘。経常利益が「0~5%」の医療機関が最も多いことから、「財務省がどの程度のマイナスを想定しているかわからないが、程度によってはこの最頻値の集団が赤字に陥り、地域医療の崩壊を招かざるを得ないことを想定していらっしゃるのか」と語気を強めた。
◎「なぜリフィル処方箋だけ躍起になって行うのか」 医療費適正化の検証求める財務省に反論
財務省がリフィル処方箋による適正化効果が達成されるまでの間の措置として、24年度診療報酬改定で、「処方箋料の時限的引下げなど、その分を差し引く調整措置を講じる必要」があると提案したことにも反論した。松本会長は、「リフィル処方箋は患者の状態によって医師による定期的な医学管理の下で利用可否を判断するもので、リフィル処方箋の応需実績はその結果」と述べた。そのうえで、「医療費に関する予算と決算の差異についてこと細やかに結果だけを取り上げることがこれまでもされてきたわけではなく、類似の診療報酬改定において総合的に実施され、医療費全体として議論されてきたところ。なぜリフィル処方箋に関してのみ、躍起になってこれを行うのか甚だ疑問だ」と指摘した。
このほか、財務省の主張する地域別診療報酬の導入が提案されたことについては、「もうすでに解決済みの問題」との見方を示した。診療報酬では、「入院基本料の地域加算や、医療資源が少ない地域の施設基準を緩和するなどの配慮等、(地域差への配慮は)すでに対応できるものについては実施されている」と説明。国民皆保険の下での平等性を担保する観点から、「点数単価や同じ医療技術を都道府県ごとに変えることは診療報酬には全くなじまない」と断じた。