協和発酵キリン ネスプの医師主導臨床研究にMRが不適切な関与 公競規違反の疑い
公開日時 2014/05/19 03:51
協和発酵キリンは5月16日、都内で記者会見を開き、腎性貧血治療薬・ネスプ(一般名:ダルベポエチンアルファ)の医師主導臨床研究で、実施計画書(プロトコル)の作成、データ入力の代行、解析業務に同社MRらの不適切な関与があったことを明らかにした。過大な労務提供を行ったことから公正取引競争規約(公取競)違反となる可能性を指摘した。また、プロモーションコード違反、社内規定によるコンプライアンス違反の疑いもある。ただ、解析後の研究結果の学術論文としての公表や広告に使用した事実がなく、現在までにデータ改ざんの証拠も発見されていないという。そのため、「薬事法違反については示唆する証拠は見つかっていない」としている。同社は同日、社外調査委員会(岩村修二委員長)を設置、さらなる詳細な調査を進める考えで、6月下旬には報告書をまとめる予定。
同社の不適切な関与があったとされる医師主導臨床研究は、徳洲会札幌東徳洲会病院(北海道札幌市)で実施された「維持血液透析患者における持続型赤血球造血刺激因子製剤(ESA)による腎性貧血改善効果とhepcidin (ヘプシジン)isoformに関する臨床的検討」。
研究は、同剤への切り替えによる腎性貧血改善効果と鉄代謝およびヘプシジンの動態についての臨床的関連性を検討する目的で2012年12月にスタート。この時点での予定症例数は15例で、同社の奨学寄附金50万円で賄えるヘプシジンの測定に必要な金額から決定された。その後測定費用がダンピングしたことから、倫理委員会(IRB)の承認を経ずに、対象症例を30例に増やすとともに、試験デザインもESAの薬剤同士の治療効果を比較するものへと変更されていた。同研究は、同院院内倫理員会に設置された緊急専門倫理委員会における調査の結果、複数の「臨床研究に関する倫理指針」に反する行為が明らかになったとして、2013年8月に中止されている。
同研究への不適切な関与が認められたのは、同社札幌支店のMR、学術担当、営業所長の3人。MRは、同院の腎臓内科部長から依頼されたプロトコルの作成を行ったほか、医師から臨床検査結果を受領し、データ入力作業を行った。この臨床検査値データには患者のカタカナ名が含まれており、同社が患者の個人情報を同社が入手し、保管していた。一方、学術担当もデータ入力のほか、データ解析業務を1時間程度行っていたこともわかった。解析業務は、EXCELを用いた簡易的なもので、t検定や平均値の算出などを行ったとしている。
同社は研究がスタートした背景として処方の増加が目的だったことは「否定できない」と説明。同剤への切り替えを主眼とした営業主導の臨床研究であったことを認めた。同施設は透析導入を行う施設であることから切り替えのインパクトは大きいとみられる。なお、ネスプのシェアは、全国で50%を超え、同施設ではそれを上回るシェアを維持していた。
同社では、徳洲会本部がプロトコルと実施されている臨床研究の内容が異なることなどから内部監査を行った2013年9月までに、MRから営業所長、札幌支店駐在の渉外倫理室員を通じ、営業本部で問題が共有されていた。ただ、CSR推進部長、コンプライアンス担当役員に情報が共有されたのは2014年4月で、問題認知以降長期間にわたり、情報が営業本部にとどめられていたこともわかった。同社はこの点についても問題視。社外調査委員会が客観的な見地から実態把握と問題点の解明、再発防止策の提言を行うとしている。研究にかかわった3人の社員については、業務を外れ、本社で調査への協力を求めているという。なお、同社は4月24日、厚労省へ報告している。
◎札幌東徳洲会病院報告書 IRB承認前の研究スタートなど“倫理指針に違反”
徳洲会札幌東徳洲会病院も同日付で調査報告をまとめ、院内倫理委員会(IRB)での承認前に研究が実施されていたことやプロトコル遵守違反など複数の「臨床研究に関する倫理指針」に反する行為が認められたことを明らかにした。
報告書では、倫理指針への違反行為として①院内IRBの承認前に研究が実施されていた②患者同意取得日の記載が不正確だった③院内IRBに提出されたプロトコルで定められた予定症例数よりも症例数が多い。対象症例の選択基準が遵守されず、研究目的と考えられる治療薬の変更などが行われていた④研究計画よりも多い回数、期間で採血が行われていた⑤研究中に発生した重篤な有害事象が報告されていなかった―と指摘した。
研究は2012年12月21日、院内IRBで承認されたが、「間違いなく通過するという見込み」で、承認前の12月3日に患者同意を取得、採血を実施していた。
症例数は検体の解析費用がダンピングしたことからIRBの承認を経ずに15例から30例へと変更、試験デザインも変更したため、試験に組み込む患者の選択基準もプロトコルの規定と異なっていたとした。研究に組み込まれた患者のうち、プロトコルに記載された選択基準に合致していたのは30例中4例にとどまった。合致していない症例のうち、22例はHb値が10g/dL以上だったほか、9例は使用薬剤、除外基準への抵触など2項目以上が合致していなかった。
採血の回数も「取っておけば今後の研究に役立つという認識だったため、プロトコルの4回以外にもヘプシジンの測定目的に採血を行い、院内の冷凍庫に保存していた」とされている。採血の日時も30例中20例で同意取得日より以前に採血が行われており、2度目の採血時に同意取得を行う意図であったとされている。被験者の同意取得日もすべて12月3日とされており、来院履歴と合致しない患者も5人含まれていた。
研究中の治療薬は、開始時に他剤が投与されていた20例(エリスロポエチン製剤:5例、エポエチンベータペゴル:15例)のうち、10例は研究開始と同時にネスプに切り替えられていた。既治療が有効だと考えられるHb値が10g/dL以上の症例も7例含まれていたことから、「ESAの切り替えが研究目的であったことが考えられた」とした。またネスプの投与が中止されていたHb値が10g/dL以上の症例1例の投与も再開されていた。
研究中に重篤な有害事象は11例21件認められたが、プロトコルに規定された病院長への報告義務は怠っており、報告は一度もなされていなかったとした。
◎「他社競合品との差別化」狙った臨床試験 解析については一貫性ない証言も
協和発酵キリンの関与を調査すべく、同院では5回にわたり同社社員にヒアリングを実施。報告書では、MRが研究に携わった医師にヘプシジンについての情報提供を行った際に、「ネスプについても研究してみたい」との提案を受けたことが研究のきっかけとなったと説明。同社札幌支店で奨学寄附金に50万円の余剰金が出たことから、研究を立案したとした。医師がMRに「非公式ながらも金銭的な協力の依頼を行うとともに、研究実施計画書および院内IRBの承認を得るための申請書類、被験者への研究同意説明文書の作成、データの集約・分析等の労務提供について双方で協議、あわせてネスプの優位性を明確にするための分析・解析の方向性等についても協議」した明記。その上で、「販売競争を優位に進めるため、自社製品に関して他社競合品との差別化につながりうる新たな科学的根拠を得たいとの思惑から、当該研究の立案に関与した」と指摘した。
データ解析については、「プロトコルで規定されていた研究デザインとは異なっており解析していないと聴取したが、後日同社から解析を実施していた旨確認した」と明記。「この点においては同社の話に一貫性がなく、さらに調査を進める」としている。
一方、研究に携わった医師については、「臨床研究の倫理委員会への申請や承認が有する意味、研究行為の客観的な倫理性・科学性の担保、被験者保護や利益相反といった臨床研究の基本認識の欠如にあったことは否めない」とした。その上で、同院の管理体制の不備も指摘。院内IRBの審査で利益相反が指摘されなかったことや、医師主導臨床研究の補助やモニタリングが1人しかいないなど不十分な実施体制であったことを指摘。抜本的に体制を見直し、体制が整備されるまで新規臨床研究の開始をとりやめるほか、すでに進行している臨床研究でも新規症例の登録を禁じる措置をとっている。
なお、研究に携わった医師は、懲戒委員会を経て3月31日に諭旨退職処分とし、同日付で退職している。