ディオバン問題 厚労省は真相究明より再発防止を重視
公開日時 2013/08/12 03:52
ディオバン問題で厚労省は検討委員会を立ち上げたが、真相究明より、いち早く臨床研究の不正防止策を打ち出したいとの考えが読み取れる。まずは研究者が守るべきことを定めた「臨床研究の倫理指針」の見直しが不正の再発防止策となる。既に省内で見直し作業が進められており、9月末までに一定の結論という2カ月弱の短期決戦なのは、このゴールを見据えているからだろう。
再発防止重視と読める理由はいくつかある。検討委の設置規程は「当該事案の状況把握及び必要な対応等を検討する組織を定め、もって同様の事案の再発防止を図ることを目的とする」と、ディオバン問題はあくまでも「状況把握」で、目的は再発防止であると明確にうたっている。9日の会合で、花井十伍委員(全国薬害被者団体連絡協議会代表世話人)に「先走り」と指摘された同省の論点案でも、臨床研究の「信頼性」の確保の文言が並ぶ。委員には、「臨床研究の倫理指針」の見直しの委員が3人(田代志門・昭和大学研究室講師、藤原康弘・国立がん研究センター企画戦略局長、宮田満・日経BP特命編集委員)も入っている。
その指針の見直しの方向は、不正が疑われることが起きた時に事後検証を可能にするための規程の導入と考えられる。今回の問題を巡る調査では、臨床研究実施大学やノバルティスからは、データ等の記録が保存されておらず検証を難しくしているとの指摘が再三なされており、データの保存規定や調査や監査の仕組みの導入が検討課題といえる。
一部で報道された臨床研究の法規制も可能性として検討されている模様だが、薬事法のGCPに準拠するような規制は、臨床研究支援体制が十分ではない日本の医療機関には現行の治験への対応と相まって現場負担の増大が想定され、ハードルが高い。それは、日本発のイノベーションを経済成長のエンジンにしようという安倍内閣の戦略にそぐわない。今後、日本版NIHで研究費予算を拡充するにしても、その前に日本発の臨床研究の信頼の回復と不正再発防止策が先と考えてもおかしくない。
その意味では現場に負担がかかるGCPのような事前規制(ブレーキ)より、当面現場に負担がかからない事後規制(アクセル)により不正をチェックできる仕組みを導入し、不正に対し抑止力を働かせる方向に力学が働きやすい状況にある。そもそも検討委の事務局である医政局研究開発振興課は、振興行政であるとして、薬事法を所管し規制行政を司る薬務局(当時)から、97年に経済課とともに切り離された経緯がある組織である。今後の検討委では、臨床研究の不正再発防止と研究振興の両立を図るアクセルとブレーキのバランスが課題になろう。
一方、薬事法に議論が及ばないかというと、そこも同省の論点案に入っている。それは、「ノバルティス社が一連の誤ったデータに基づきディオバンに関する広告等の販売促進活動を行ったこと及びそれにより得た売上金額についてどのように考えるべきか」--で、後段の売上金額云々は医療保険行政を行う保険局、前段の広告の問題が薬事法を所管する医薬食品局の領域。この論点がどう展開していくのかは見えていないが、薬事法の中で広告に触れているのは誇大広告の禁止を定める第66条である。
同省が、ディオバン問題に対し真相究明や検証と言わず「状況把握」としたのは、臨床研究不正に対し調査する手立てがない上、過去の問題をほじくるような後ろ向きな仕事をしたがらない官僚のメンタリティもあろう。むしろ再発防止策を急ぐことでイノベーションという国家戦略を前進させるという判断なのだろう。
9日の検討委では委員から、問題の中心人物とされているノバルティスの元社員、各論文の研究責任者から聞き取り調査をしたいとの意見が出されてはいる。しかし、森嶌昭夫委員長は終了後、記者団の取材に、検討委には強制力はない上、9月末までの間に多くの委員が集まっての調査は難しく、プライバシーの問題もあり水面下で進めざるを得ないとの認識を示し、時間とデータが不足し調査権限もない中で、腰を据えて真相究明に取り組むことの難しさを漂わせている。