一流MRへの一番の早道はこれだ
公開日時 2013/06/27 05:00
イーピーエス株式会社
榎戸 誠
【一流MRへの早道】
MRになった以上、一流MRを目指そう。これには、3つの理由がある。第1は、一流MRになると、二流・三流MRのそれとは大きく異なる、やりがいのある世界が広がっており、それを存分に味わうことができるからだ。第2は、MRを巡る環境に今後どのような変化が襲ってこようと、一流MRはさまざまな選択肢の中から自分の道を選ぶことができるので、心の余裕を持てるからだ。
第3は、愛する人――恋人、配偶者、子供など――を心ならずも不幸に巻き込んでしまう確率を低下させることができるからだ。
一流MRを真似することによって、自らが一流MRになってしまう方法と、どうにも手が付けられないような駄目な組織が、素晴らしい組織へと大変身を遂げる方法を紹介しよう。
【一流MRの模倣】
『「暗黙知」の共有化が売る力を伸ばす――日本ロシュのSSTプロジェクト』(山本藤光著、プレジデント社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)には、一流MRへの一番の早道が明快に示されている。この本は一流MRを目指す者にとって必読の書であるが、製薬企業の営業部門、人材育成部門の幹部にも重要なヒントを与えてくれる。
書名にある「暗黙知」というのは、ハンガリーのマイケル・ポランニーが提唱し、野中郁次郎が日本に導入した概念である。MRの世界で言えば、優秀MRが経験や工夫を通じて身に付けた個人的なスキル、ノウハウで、文章、図表やマニュアルでは表現し切れないもの――ということになるだろう。
営業の生産性を上げる方法を模索していた当時の日本ロシュ(現・中外製薬)は、優れた「暗黙知」を持つ課長6名とMR18名の計24名を全国から召集し、野中郁次郎の表現を借りれば「名人芸移植プロジェクト」ともいうべき「SST(Super Skill Transfer)プロジェクト」を発足させたのである。この本では、このプロジェクトのトライアル・アンド・エラーの連続であった舞台裏も包み隠さず述べられているので、読者は臨場感を持って追体験することができる。
「個人知」を「組織知」に変えることを目指したこのプロジェクトは、具体的には下記の手順で進められた。
①全国の第一線から厳選した優秀MRを引き抜く。
②その優秀MRを一定期間、レヴェル・アップさせたい課に3MRをチームとして送り込む。
③優秀MRが平均的なMRに「暗黙知」を直接伝授し、身体に刷り込む。
④平均的なMRが刷り込まれた「暗黙知」を自然に発揮できるようになるまで注入し続ける。
⑤その結果、ターゲット課の営業力がレヴェル・アップし、営業の生産性が向上する。
――着実にこれらの手順を踏むことによって、この大胆・過激なプロジェクトは見事な成果を収めたのである。
一流MRを模倣することが一流MRへの一番の早道だからといって、模倣するのは単なるスキルやノウハウではない。●ドクターのニーズを徹底的に探る方法、●ドクターのニーズを熟知し、最新の学術知識を身に付けて、ドクターと話し込む技術、●ドクターの満足度を向上させようという熱意と工夫――これらをひっくるめて模倣することが重要なのだ。
【全国最下位営業所の挑戦】
新任の営業所長はもちろん、ヴェテランの営業所長、営業所長を目指しているMRにとっても必読の書、それが『ビリーの挑戦――最下位営業チームがトップになった』(山本藤光著、医薬経済社)だ。MRの世界が舞台になっていること、著者の体験が基になっていること、全篇が会話で構成され、臨場感に溢れていること――これらの特長を備えた本書は、類書を圧倒している。
3月、R製薬の全国最下位、釧路営業所に新任(昇進)の営業所長が赴任するところからシーンが始まる。この営業所の荒廃ぶりは相当なものだ。年度末だからといって、無茶な数字を積み上げる。所長、2名のサブリーダー、6名のMRの気持ちはバラバラで、その場にいない人間の悪口が横行し、全国最下位という危機感は皆無であった。
札幌支店長から「全国最下位の生産性を、何としてでも、1年間で立て直してほしい」と使命を託された漆原所長は、何から着手するのか。釧路営業所は釧路地区と全員が駐在の帯広地区で構成されているので、コミュニケーションを図るためノートパソコン(今なら、スマートフォンかiPadというところか)9台の支給を支店長に依頼する。さらに、全メンバーに対する1週間の合宿研修の許可を得る。これらは、「まず、メンバーの意識と行動を変えることから始める。意識と行動が変われば、業績は自然についてくる。しかし、意識と行動は、命令では変わらない。焦らずに、彼らの意識と行動を変えるのが、リーダーの仕事」という漆原の信念に基づいている。
MRが目指す目標と現在の実力とのギャップをどう埋めるのか。まず、各MRの綿密な顧客別アクション・プランの作成が必須であること、メンバー一人ひとりの頑張りが営業所全体の評価を底上げすることを、全員に自覚させる。
斬新なアイディアが次々と導入されるが、一際、目を引くのが、「メモリアル病院の新設」である。漆原の「近々、帯広管内にできる新しい病院の担当者を募集する。その病院は、薬事審議会がない、いつでもドクターと一対一の面談が可能、しかもドクターには転勤がない」という発言に、当然のことながら、全員が手を挙げる。きょとんとしている皆の前で、ホワイトボードに○と×をランダムに記入し、「いいか、これは全部、開業医だ。新薬の採用は即決してくれる。しかも、代理店のサポートも得られる。○は重点開業医だ。これらを囲んだヒトデのような形が、そのMRのメモリアル病院となる」、「病院の経営者は君だ。しっかりと顧客を見極め、10院ほどを一まとめにしてもらいたい。今後の実績は、○○(MRの名)メモリアル病院として出力する」。見事な発想の転換である。
漆原は、MRとの、計画的な朝から晩までの一日同行を最も重視する。この同行を通じて、ターゲット・ドクター攻略は初恋の人へのアプローチと同じこと、思い切って「先生は、なぜ○○(競合品)を使用されているのですか?」、あるいは「なぜ当社の○○を使用していただけないのですか?」と質問することが大切なこと――などを、MR自らが体験的に学んでいくのだ。
釧路営業所が、どれほどの進化・飛躍を遂げたかは内緒にしておくが、1つの成功例をチームに広げる、定着させる、そして、チーム内に良質な競争を持ち込むこと、すなわち、MRのレヴェル・アップのための知的な環境整備こそが、リーダーの任務なのである。