イーピーエス株式会社
榎戸 誠
【向上心を忘れるな】
MRになれた時点で、ホッとしてしまって、向上心を忘れてしまう人がいる。一方で、さらなる向上を目指して勉強に励む人がいる。
勉強するといっても、闇雲に手を出せばいいというものではない。多忙なMR活動の間隙を縫って手に取ってほしいのは、この3冊だ。直ちに、これらの本に書かれているレベルに達するのは無理としても、世の中には高度のMR活動が存在していることを知り、それらを目標とすることは、あなたに充実した人生を提供してくれることだろう。
【勝ち残るための7つの眼】
重大なルール変更がなされた時、それを無視して我武者羅にゴールを目指すだけのサッカー選手に勝利の女神が微笑むことはない。同様に、医療制度改革によって環境が大きく変わろうとしている時、その変化に気がつかないMR、気がついていても新しい環境に対応できないMRが勝ち残ることは難しいだろう。
『MRバブル崩壊時代に勝ち残る“7つの眼”――医療制度改革とMR活動』(川越満著、エルゼビア・ジャパン。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、MRバブル崩壊への9つの足音が聞こえると警告を発している。すなわち、①独立行政法人国立病院機構の「共同購入」と「採用品目削減」、②DPC拡大による低薬価シフト、③処方箋様式の変更による後発医薬品の使用促進、④高齢者の自己負担増、⑤パテント切れ症候群とピカ新欠乏症、⑥シェア・オブ・ボイスからシェア・オブ・マインドへの転換、⑦バーチャルMR、CSO、DTCの普及、⑧再編統合による医療機関の減少、⑨薬価の年度改定化――である。
それでは、これらの環境変化を踏まえて、勝ち残るMRになるためにはどうすればよいのか。著者は7つの眼を備えるべきと明言している。変化を読む眼、顧客を見る眼、顧客の感情を読む眼、経営を見る眼、地域医療を見る眼、違いを見る眼、患者を見る眼――の7つ眼であるが、観点がユニークで、説得力がある。
「顧客の感情を読む眼」のところで、「カタログ・セールス」は最低レベル、「差別(異)化セールス」は中間レベル、質問力を備えた「コンサルティング・セールス」が最高レベルと位置づけられているが、私の20年に亘るMR経験からも同感である。
標的ドクターに「現在、先生が最優先して取り組んでいらっしゃることは何ですか?」と質問し、答えを得た後に、「先生は私が担当させていただいている先生方の中で○番目に重要な先生です。今日から、その最優先事項に関して先生のお役に立てるよう頑張ります。本当に私が頑張っているか、お手数ですが監視をお願いします。私が頑張っていると認めていただけましたら、○○の患者に○○を1例だけ処方してください」と依頼する。標的ドクターを監視役に仕立ててしまうことによって、ドクターとMRが目的を共有することができるのだ。また、「先生が一番優秀と思われるMRは誰ですか? そのMRのどういうところが凄いのですか?」という質問も威力を発揮する。
【差をつけるためのITツール】
『MR活動が10倍効率化されるIT活用法』(池上文尋著、医薬経済社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、IT環境の急激な変化に対応すべく、「MRが個人の持つ能力を瞬時に多数の顧客に伝えることができる時代」のMRのあり方を提言している。
著者は、自身の豊富な経験から、MRのITツールは「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)→ブログ→メルマガ(メールマガジン)→WEBサイト(ホームページ)」という順で展開していくことを勧めている。それぞれのツールについて適切なアドバイスが盛りだくさんなので、IT初心者の心強い味方となるだろう。
私は、ITが進歩すればするほど、直に標的ドクターに会って、ドクターの心に響くディテーリングができるMRの重要性が増してくると確信している。
【MR自身がドクターのための「処方例集」になろう】
製薬企業と医療機関との関係が透明化され、公正競争規約が厳格化される新時代を迎え、MR活動はどうあるべきか、製薬企業はどうあるべきかを真剣に考えようとするとき、見逃すことのできない本が出現した。『優秀なMRはどのようなディテーリングをしているのか?――シェア・オブ・マインドを上げるOPD実践テキスト』(高橋洋明著、川越満監修、セジデム・ストラテジックデータ株式会社ユート・ブレーン事業部)は、このテーマに真正面から取り組んだ刺激的な力作である。
MR活動を、従来のSOV(Share of Voice=処方を依頼する競争)からSOM(Share of Mind=心の繋がりを深める競争)へ進化させるためには、患者志向に立脚した「OPD(One Patient Detailing=ある疾患における、自社製品に限らない個々の症例に基づく有益な情報の提供)」というコンセプトが必要になる、と監修者が冒頭で述べている。
【なぜOPDなのか】
今、一部で「MR不要論」なるものが囁かれているという。MR経験20年、MR育成24年の私としては看過できない事態であるが、現役MRにとっては、もっと切実な問題だろう。また、訪問規制が強化され、やっとの思いで面談に漕ぎ着けても、ネットの発達などを受けて、忙しい時間を割いてまでMRから情報提供される必要性を感じないドクターも存在するという。はっきり言って、これは由々しきことである。
ドクターが会いたいと思うMR、話を聴きたいと思うMRになることが、これからの医療業界でMRが生き残っていくベスト・ウェイであり、延いては、ドクターを初めとする医療従事者、患者に喜ばれ、社会からMRが高く評価されることに繋がる、というのが著者の主張である。
それでは、ドクターが求める、ドクターにとって本当に有益な情報とは何か。この解答を得ようとするならば、ドクター、さらには患者の立場で疾患や治療を捉え、想像し、考える力が必要になるというのだ。OPDこそが、ドクターのニーズ、そしてウォンツに対応可能なディテーリングだというのだ。
著者はOPDを推奨する理由を10挙げている。①OPDはドクターのニーズに合ったディテーリング方法である――OPDは「症例集」をMRの頭の中に作り、ドクターからの質問にスムーズかつ的確に回答できるディテーリング方法と言えるからだ、②OPDはドクターの満足度を高めるディテーリングである、③OPDは疾患領域や治療薬が何かに拘わらず有効なディテーリングである、④OPDはMRにもメリットがたくさんある、⑤OPDの実践によってドクターからの評価が高まる――OPDを続けていると、ドクターの話が理解できるだけでなく、診療におけるドクターの考え方も理解できるようになるからである、⑥今、OPDを求めているドクターが増えている、⑦OPDで口コミ現象を起こすことができる、⑧OPDで得られた情報を蓄積すると、エリア・マーケティングができる、⑨OPDはMRのモチベーションを上げてくれる――MRとは、本来、社会や医療に貢献できる、やりがいのある仕事なのだ。ドクターや医療従事者の便利屋ではない。MRのやりがいや醍醐味は、「MRが提案した薬剤が、患者や家族、ドクターに笑顔と幸せを提供すること」にあるのだ、➉OPDの情報の蓄積はMRや製薬企業にとって財産である。
このように、OPDは、ドクターにもMRにも有効なディテーリングであり、MRによるOPDは、ドクターとの症例情報の共有化だけでなく、「薬剤処方時の信頼、安心感の提供」でもある、と著者はOPDの実践を強く勧めている。
【臨場感溢れる実践例】
100ページ近くが、具体的なOPDの実践例の紹介に充てられているのが、この本の最大の強みと言えるだろう。「新薬上市時」「ピカ新から遅れて上市した薬剤」「生活習慣病治療薬」「がん」「精神疾患」「希少疾患」「病院勤務医」「開業医」「専門医」「薬局長」のそれぞれのケースについて、「従来のディテーリング」と「OPD」を対比する形で示されている。現役MR時代にOPDを実践してきた著者の蓄積が、これらの対話に臨場感と説得力を与えている。