Sさんが勤務している企業がスキャンダルをおこし、面接に行く先々で妙な扱いをうけることに…。

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大手企業A社の経営室に勤務しているSさん（37歳）は、独特の雰囲気をたたえた人物だ。
頭の回転が良いが寡黙で多くを語らず、服装・喋り方・姿勢、すべてに品位があり、それでいながらひけらかすようなところがない。Sさんほど『経営室』という文字が印刷された名刺がピッタリくる人もそういないだろう。たとえるなら「セレブから絶対の信頼をうける有能な執事」、そんな印象を受けるビジネスパーソンなのだ。

転職に動いていたSさんだが、その最中、彼が働くA社で、世間を騒がすスキャンダルが起きた。転職活動を考えはじめたのは、ずっと以前からで、スキャンダルと転職とはまったく無関係なのだが、時期が時期だけに、そしてSさんが経営室の勤務なだけに、いろいろと勘ぐりたくなるのは人情というものだろうか。

面接に訪れたB社での、ちょっとした待ち時間、人事の採用担当者はさりげなく話を始めた。
「A社は、たいへんなことになりましたね」
「転職しようとしている身ではありますが、お恥ずかしいことです」
「あ、あのぉ…。Sさんは報道された件について、何か知っていらっしゃるんでしょう？」
「いいえ。私のような下の者には何も分かりませんよ」
「もちろんSさんが関わっているというワケじゃありませんよ。でも、中にいるからこそ聞ける話もあるんじゃないですか？」
「いやあ。まったくありませんね」
だが、Sさんのキャラクターとして、どうしても含みがあるよう見えてしまう。
「まあ、言いたくても言えないこともあるんでしょうねぇ」
人事はそう言って、意味ありげに笑った。

役員との面接でも、A社のスキャンダルは避けて通れない。
「あの報道には驚いたね」
「恐れ入ります」
「で、実際のところ、どうなの？」
「と、申しますと？」
「経営室には、いろいろ話も入ってくるでしょう？」
「それが、私のところにはまったく…」
「私もこういう立場の人間だから、軽々に外で喋ったりはしないよ」
「いえ、本当に寝耳に水のことだったんです」
「アッハハハ。君はなかなか口の堅い男のようだ。まあ、役職を考えれば、そのくらいの方が信頼できるというものだな」

面接を終えたSさんは、さすがにゲンナリした様子だった。
「前に面接した会社でも、同じようなことがあったんですが、事件のことは、役員でもよく知らない人がいるくらいなんですよ。私が詳細を知るわけがないんです」
「いやあ、Sさんはいかにも誰かの懐刀（ふところがたな）という感じがする人ですからねえ」
「そう言われるのは光栄ですが…。しかし、これでは嘘をついたわけでもないのに、相手を騙している気分になります」
「分かりました。B社も次は副社長面接ということですから、我々から『Sさんは例の事件については、何も知りません』と我々からも事前に情報を入れておきますので」
「よろしくお願いします」

さて、こうしてB社で設定された最終面接、仕事内容についてのやりとりは齟齬がでることもなく順調に進んだ。しかし、最後になって…。
「ところで、例の事件のことだが、エージェントからSさんはまったく関知していないとわざわざ連絡があったよ」
「はい。誤解がないようにと思いまして」
「いい心掛けだね。しかし…」
そう言って、副社長は身を乗り出して、声をひそめた。
「ご覧の通り、いまここにいるのは、君と私の二人だけだ」
「いや、ですから…」
「ゴシップなんて下世話なことに思えるかもしれないが、情報というのはチカラなんだよ。いや、なに、誰かが言ってた立ち話を、どこかで耳にしただけということにしておけばいいじゃないか」
「あの、そういうことではなくてですね…」

ゴシップ好きの人というのはどこにでもいるものらしい。しばらくはSさん、いろいろなところで質問攻めにあうのを覚悟しなければならないようだ。