ノボ　ノルディスク社（本社：デンマーク）が財政危機問題で揺れるギリシャへのペン型インスリン製剤の供給を停止することを明らかにし、波紋を広げている。ギリシャ政府は5月上旬、財政再建に向けた緊縮策の一環として薬剤価格の平均21.5％引き下げを決めたが、これに伴い同社のインスリン製剤については25％引き下げることとなった。今回の供給停止はこれに対する抗議なのだが、関連する問題は極めて根が深いものがある。（ジャーナリスト・村上和巳）

◎背景に経済危機　高福祉体制の見直しがスタート

そもそも今回のギリシャの財政危機は、2009年10月に行われた総選挙で当時野党だった中道左派の「全ギリシャ社会主義運動（PASOK）」が議会（一院制、300議席）過半数の160議席を獲得し、5年ぶりに政権に返り咲いたことに始まる。

この政権交代で就任したゲオルギオス・アンドレアス・パパンドレウ首相は、新民主主義党政権下で国内総生産（ＧＤＰ）比5～6％とされていた財政赤字が実際のところは12.7％にも上ることを明らかにした。ちなみにギリシャを含むユーロ加盟国は財政赤字をGDP比3％以内に抑えることが目標として定められている。

これをきっかけに、2009年12月8日、格付け会社フィッチ・レーティングがギリシャ国債の格付け引き下げを決定。スタンダード＆プアーズ、ムーディーズといった他の格付け会社も追随した。

ギリシャ国債はEU加盟国の銀行などをはじめ約7割が海外で保有されていることもあり、これを契機にギリシャ国債の信用不安は一気にギリシャ国外へと波及。同時にユーロ安も進み、アメリカや日本の経済にも大きな影響を及ぼすことになった。

結局、欧州連合（EU）や国際通貨基金（IMF）が緊急支援を行うことになったとはいえ、ギリシャの財政再建は前途多難である。このためギリシャ政府が打ち出した政策は、今回の財政赤字拡大の元凶とされるギリシャの高福祉体制の見直しだった。

◎100ユーロを越える医薬品は27％の薬価引き下げに

その一環が5月上旬に発表された一方的な薬剤費の引き下げ政策。これは1551品目を対象に医薬品卸売価格を基準として最低ランクの1～5ユーロの医薬品で3％、100ユーロを超えるものは27％引き下げるという内容で、平均引き下げ率は21.5％となった。

今回のノボ社のペン型インスリン製剤の供給停止で、ギリシャ国内での同製剤在庫は２～３週間で尽きる見込み。同製剤のギリシャ国内使用者は推定５万人以上とされる。ただ、同社はペン型以外のインスリン製剤については25％引き下げを容認するとともに、今回の措置の代償として一部グルカゴン製剤を患者に無償で提供すると表明し、同時にギリシャ市場で販売中の他の17製品については、引き下げ前の価格での販売を続行するとしている。

また、このノボ社に続いて同じデンマークのレオ・ファーマもギリシャ政府の方針への抗議のため、ギリシャ国内で供給している29製品中、代替方法がある18製品の供給を停止すると発表した。

ギリシャの糖尿病患者団体であるギリシャ糖尿病協会はノボ社の決定について「社会的責任の放棄した行為」と強い調子で批判しているが、前述のように両社とも代替手段のない製品の供給停止を行ったわけではなく、臨床現場への影響は軽微と見られている。

◎GSK・AZは薬剤の供給を継続

一方、今回のギリシャ政府の措置にグラクソ・スミスクラインやアストラゼネカなども不満を表明しているものの、製品の供給を継続しているとしており、2社の措置がギリシャで活動する他の製薬企業に一斉に伝播する可能性はなさそうである。

しかし、ノボ社のラース・レビアン・ソレンセンCEOは今回の措置について「ヨーロッパ内での薬価水準に影響を及ぼしかねず、ヨーロッパ外でもギリシャの薬価が参照価格とされる可能性すらある」との危惧を表明している。とりわけ各社が懸念するのは今回のギリシャの措置が同じように比較的大きな財政赤字を抱えるスペインやポルトガルなどでも将来的に採用される可能性が囁かれていることである。

また、今回はとりわけ高薬価の薬剤が割を食うため、ギリシャより薬価が高いとされるフランス、ドイツ、スイスなどの各国にギリシャからの比較的高薬価の医薬品の並行輸入品が流入して市場が荒れる可能も指摘されている。

いずれにせよ今後、ギリシャ政府とノボ社がこの問題にどのような決着点を見出すか、成り行きが注目される。