厚労省保険局医療課の安川孝志薬剤管理官は2月23日、日本臨床腫瘍学会とIQVIAの共催セミナーで講演し、「薬価制度だけでドラッグ・ロスは解消しない」との見解を示した。製薬業界の主張するドラッグ・ロスが新薬創出等加算の見直し以前から起きていることも指摘し、薬事制度や治験環境など複合的な要因があるとの見解を示した。2024年度薬価制度改革では、新薬創出等加算の見直しなどイノベーション評価がなされたが、「検証」の条件が付いた。安川薬剤管理官は、「企業行動が前向きに変化するか業界が主体的に示すべきという宿題が出されている」と指摘。製薬協などが26年度薬価制度改革に向け、新規モダリティの評価などを要望していることにも触れ、「次の課題だ。業界がまず検証についての指摘に応えていかないと、議論が前に進まない」と釘を刺した。
医薬品開発は、「開発・治験」、「承認審査」、「薬価算定手続き」、「薬価改定」のプロセスを辿る。ドラッグ・ロス解消に向けて、安川薬剤管理官は、開発段階での開発の着手や治験の実施、承認申請時の日本語資料の準備の必要性、PMDAとの薬事相談で予見可能性のある治験計画を立案するなど、様々な対応が必要との考えを表明。「薬事制度そのものの見直しや、医療現場、アカデミアを含めた創薬環境の整備をしないと、サイクルがうまく回らない。これらを総合的にやらないと、ドラッグ・ロスは解消しない」との見解を示した。
◎製薬業界主張の薬価制度を起因としたドラッグ・ロス「どこまで本当なのか」
製薬業界は、2024年度薬価制度改革に際し、薬価制度に起因したドラッグ・ロスがあると主張。2018年度薬価制度抜本改革で新薬創出等加算が見直されたことがドラッグ・ロス/ラグの原因との見方も示し、この主張が結果的に、24年度薬価制度改革につながった。
ただ、製薬協の示したデータは、16年以降、国内未承認薬数・未承認比率が増加しているとされており、中医協の場で示した資料では2020年の直近5年間のデータで薬価制度改革以前のデータとなっている。薬価制度改革から実際の新薬収載に影響が出るまでには10年程度のタイムラグがあることも製薬業界は主張している。このため、安川薬剤管理官は、「どこまでこれ(薬価制度を原因としたドラッグ・ロス)が本当なのか。薬価制度が拍車をかけた可能性はあるが、薬価制度がどうであれ、ドラッグ・ロスがある程度進んでいたのではないか」と指摘。「薬価だけで、ドラッグ・ロスが起こっているとは限らない。もともとの創薬環境などを含めて、ドラッグ・ロスの流れがあったのではないか」と述べた。
2024年度薬価制度改革では、新薬創出等加算の見直しや迅速導入加算の新設、改定時の加算評価の充実など、イノベーションの適切な評価を実現した。ただ、安川薬剤管理官は、中医協の場で理解を得るには、「はっきり言って、ものすごい難産だった」と話す。中医協の場でも薬価制度改革により、ドラッグ・ロスが解消するかについて疑問の声があがったが、最終的に診療・支払各側ともに国民、患者の立場から早期開発に着手する必要性に理解を示し、制度改革に同意した経緯がある。
◎開発動向の変化「どう示したらいいのかというのは業界に課されている課題」
このため、製薬業界には「検証」が突き付けられている。2024年度診療報酬改定答申書附帯意見では、「ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの解消等の医薬品開発への影響」について、「製薬業界の協力を得つつ分析・検証等を行うともに、こうした課題に対する製薬業界としての対応を踏まえながら、薬価における評価の在り方について引き続き検討すること」と明記された。
安川薬剤管理官は、「本当に開発動向が変わるのか、製薬業界としてはきちんと応えていかないといけない」と説明。「企業行動が前向きに変化するか、改定の意味があったかを業界が主体的に示すべきという宿題が出されていることは改めて認識していただかないといけない」と強調した。具体的には、新薬数が増えるのは数年後になるため、「個々の企業の開発動向や考え方がどう変わったかを示していかないと、短期決戦的には無理だと思う。ただ、その変化があった場合に、どう示したらいいのかというのは業界に課されている課題だ。行政も考えなければいけないが、業界の皆さんがしっかり考えないと、サポートされない」と断じた。
◎次期薬価制度改革への要望「次の課題」 指摘に応えないと議論進まない
製薬協などが次期薬価制度改革に向けて新規モダリティの薬価上の評価などを要望しているが、「次の課題だ」と述べ、「2年後の改定に当たって、業界がまずこの指摘に応えていかないと、議論が前に進まないのではないか」と強調した。
「中医協の診療・支払側は懸念を示したままだ。“事務局がそこまで言うなら、その方向でやってみよう。やったら検証しなさい”と言っているに過ぎない」と説明。「それに対して納得感を得ることが何よりも重要だ」と説明した。「そういう意味で、改定結果だけ見て議論すると良いことは起こらない。これまでの検討過程の中での様々な指摘をきちんと受け止め、次の対応を考えなければ、良い方向には進まないかもしれない。国民皆保険下で一定の体制がある中で、いかにメリハリを付けるかも非常に大事で、そういったものも一緒になって考えなければならない」との見解を示した。
また、「薬価上でも、頑張った企業がしっかり評価されることは大前提だ。国民皆保険の影響を受けないような形でうまく評価できる仕組みを引き続き考えていった方がいいと思っている。行政だけでなく、業界と一緒になってどうすればいいか考えていくことが非常に重要な時期になってくる」とも述べた。
◎日本最大の魅力は「60日以内に収載、承認範囲が薬価収載される」“予見可能性”の高さ
一方、「薬事承認から原則60日以内に収載され、基本的には薬事承認された全範囲が薬価収載されるということが日本市場の最大のメリット」と強調。こうした制度は、「世界にはない。スピードアップして確実に保険適用され、日本市場で使える環境づくりという意味では、予見可能性は非常に高い」と強調した。
最も予見可能性に影響する“価格”については、承認から2か月という世界に類を見ないスピード感を実現するために、薬事承認での臨床試験の評価に基づいて加算の評価などが決定されていると説明。「実は薬事承認の中でどういう評価をやったかで、それで実は勝負決まっている。治験のプロトコルで多剤との非劣性しか示さなければ有用性はつかない。実は薬事承認を得るためのプロセスで実は薬価制度の中での評価の仕方が決まってしまう。見通しを立てることが必要だ」と述べ、企業の薬事戦略と薬価戦略の立案の重要性も指摘した。