◆MR活動をめぐる環境変化
沼田 2012 年はMR活動にとってターニングポイントを迎えた1年でした。4月の接待規制実施や、製薬協の透明性ガイドランの導入、病院の訪問規制強化、医師の業務多 忙、さらにはiPadやiPhoneに代表される情報インフラの普及など様々です。我々ミクス編集部も、業界環境の変化を捉えた新時代のMRの機能や役割 などについて議論を深めることが大切ではないかと考えています。
神尾 ミクス12月号で は3000人強の医師に対し、「接待規制について評価」、「規制後のMRとの関係」について定量的な調査を行いました。規制後のMRとの関係については4 割ほどの医師が「MRと会いづらくなった」、「リレーションを構築するのが難しくなった」と回答しました。さらに詳しく見ると、「4月以降MRの来院が少 なくなった印象がある」との回答が多数みられました。MRの来院が減ったとの印象ですが、これは4割中の6割の回答率なので、全体の1/4は、MRとの関 係が薄まったとの印象を持っているということになります。一回のディテールが印象に残らないという問題は深刻に受け止める必要があるのではないでしょうか。
接待規制に代わる独自案を編み出さねば・・・
沼田 接待が可能 だった時代は、ゴルフや食事などで医師とのリレーションを深めることができました。ところが、4月以降、接待に代わる独自の代替案が見られないですね。ど この企業も研究会・講演会をやっている。あまりにもこれが増えすぎたために、医師からの不満の声が漏れだしています。
酒田 MRの印象 が希薄になったという点ですが、MRの訪問回数は減っていないといわれてますし、活動を変える努力は確かにしています。しかし、ミクス10月号の病院薬剤 部のアンケート結果では、MRの活動は接待規制の実施前後で変わっていないという回答が6割くらいありました。 変化に向けた努力が認められていないのですね。接待規制も含め、周辺規制が重くなっていて、自由度がなく、現場には閉塞感が漂っているという印象を持って います。
望月 私の取材経験 なのですが、若手医師への接触を禁止している大学病院が増えている印象があります。 経験が比較的少なく、薬剤情報がより欲しいと思われる若手ドクターがMRと会う機会がないという現象が起きています。メーカー側は、訪問回数は減っていな いとしていますが、院内でMRが活動できる領域が減っているので、訪問回数だけを指標として話すのも難しいですよね。
沼田 処方に影響する情報ソースということでは、MRが一番影響力を持っていると思われてきました。ただ、MR認定センターが今年8月に発表した「MR実態調 査」の結果をみると、20~30代の若手医師の処方影響度はMRではなく、同僚医師や医学書・専門誌、Webなどです。今後、若手医師とMRとの接点が希 薄になり、いわゆるIT世代の医師がWebからの情報収集に依存し始めると、eコンテンツをMR活動に絡めた戦略を想定しなくてはならないですね。
クリック・プロモーションはもはや限界
神尾 インターネットか らの情報はクリック数で評価されるため、医師の処方動機を正確に評価するという意味では、評価の仕方をもっと議論すべきだと思います。eディテーリングの 効果測定に絡む問題です。m3.comやケアネットを活用している製薬企業側の印象も、Webだけでは期待ほど処方数が伸びないと感じているようです。イ ンターネットによるディテーリングは限定的で、やはりMRと一緒になってプロモーションをしていくことが効果を高めることになると思います。
酒田 それを 「MR+e」モデルとしてミクス6月号で特集しました。 その時の調査結果によると、eプロモーションの企画立案組織・機能を営業本部内に置いている製薬会社は、5割程度でした。これをどう捉えるか考えていた時、武田薬品がエムスリーのMR君を活用すると発表しました。IT世代の若手医師は、すでにeを活用して情報収集しています。病院の訪問規制でMRとの面 談時間が制限されていることを踏まえると、プロモーション活動にeを取り入れることは不可欠。SOVのようなコール数重視型のプロモーションから脱却し、 リアルMRとeをうまく使ってドクターのニーズを満たしながら製品価値を最大化する取り組みが必要だと確信しました。2013年はMR+eの品質をどう保証していくのかが焦点だと思います。
神尾 MR+eの話ですが、eだけでは効果がそれほど期待できないことが表面化してきて、そこでMRとのコラボレーションをしようという流れだと思います。製薬企業としては、医 師に届く情報ツールはなんでも使ってやろうというのがスタートラインだったのではないでしょうか。我々も記事にしましたが、エムスリーはインターネットに よる医薬情報提供サービス「MR君」で、医師に付与していたポイント制のあり方を見直す方向を明らかにしました。見直す理由は、「従来以上に中立性を高め るため」との回答ですが、クリックだけしてポイントを稼いでいた医師が存在していたのも事実かもしれません。
沼田 MR活動の戦略を練る本社の立場でみると、eコンテンツについては、そのあり方や中立性などが重要になるかと思われます。
eコンテンツは中立公正で
望月 コンテンツに関して言えば、製品の長所に偏ったり、主要評価項目に有意差がみられないものであっても、副次的評価項目の有意差ばかりを主張するなど、まやかしをせず、公正な情報を伝えること。その上でどう薬剤を使ってもらうかを理解してもらうことが大切だと思います。
沼田 患者さんを目 の前にする医師は、その患者さんに見合う情報を欲しています。また、MRが届ける情報は、医師が診療における疑問や疑念を解くものでなければいけないと考 えています。これはWeb情報も同様です。実地医療に落とせる情報という観点は絶対必要です。エビデンス情報も大切ですが、すぐに実地医療に落とせる情報 に医師側のニーズがあります。医師も情報を見極める目を持っています。私が危惧するのは、製薬会社がそこに追い付いていないのではと感じる時です。改善で きる点があるのではないでしょうか。
望月 現状のeコンテンツは疾患領域のKOLのコメントを流したりするものが多いですよね。また、大規模臨床試験の結果は、症例数も多く、エビデンスレベ ルも高いので、プロモーションの柱となっています。しかし、医療現場ではすでに個別化医療が進んでいます。薬物療法が進歩し、どの薬剤を処方しても一定以 上の治療効果が得られる中で、同じプロモーションの繰り返しでは現場の医師に響かなくなっているのではないでしょうか。これまでのマス型のエビデンス・プ ロモーションは終焉を迎え、新たな形に発展することが今こそ求められていると思います。一方“患者視点”はさらに重要になり、DTCも活用した、患者さん への疾患啓発が重視されると思います。
酒田 ここ1年で 取材した“印象派MR”を振り返ってみたいのですが、ほぼ共通するのはプッシュ型ではなく、プル型のMRだったということです。人の話をよく聞いていて、 相手との間合いの取り方が上手です。そして、常に空気を読んでいて、ここぞという時に素早くニーズに的確に応えることができる人という印象です。医師目線 になって物事を考えている方が多く、目の前の医師に良い治療をしてもらいたいという情熱があることも共通して言えると思います。
沼田 一芸に秀でた 人、気づきのある人、懐に飛び込んでいける人といった印象派MRはいろんなところにいると思いますが、そういった方の良い部分や成果を他のMRにもできる ようにすることが、マネジメントの仕事だと思います。本社サイドから一方通行のキーメッセージの発信という今の製薬企業のプロモーションの中で、そういっ たノウハウをどう戦略に落としこむかが必要なのではないでしょうか。接待規制をひとつのトリガーにして、ミクス編集部としても新しいMR像を考えていきた いですね。
神尾 業界環境が大きく 変化するなかで、MRの役割や機能で新しい取り組みも始まっています。ミクス11月号で取り上げた武田薬品の事例はそのうちの一つです。MR活動とeプロ モーションを連動させたもので、「てのひらMR君」と呼ばれるツールの活用を主眼としています。MR自身が担当医師とメッセージのやりとりができたり、 「MR君」のコンテンツを視聴したかを確認できたり、アンケートなどを行うことができます。医師側の情報の入り口はWebですが、そこにMRが関わり、双 方向でお互いのリレーションを深めるというものです。医師、MR、Webという情報のサイクルを活用したものと言えます。
◆医薬品情報をどう伝えるべきか
沼田 最後に医薬品情報をどう伝えるかで意見を聞かせてください。
望月 安全性の情報収集という観点からは、これまで以上に薬剤師とのリレーションが大切になってくると思います。薬剤師が欲する情報に耳を傾け、育薬(いくやく)という考え方も大切にして、信頼を深めていってほしいですね。
もう一つの観点ですが、今後臨床現場に登場する新薬は、これまでと比べてリスクが高いものになっていきます。有効性が一定程度得られるようになっているの で、安全性が重要なポイントになってくるでしょう。2013年からRMP(リスク・マネジメント・プラン)も実施され、さらに重要性が高まると思います。 この観点からも、医師の行うヒアリングに加え、薬剤師の職能が重要視されていくのではないでしょうか。
酒田 市販後の情報収集はとても重要で、次の情報提供の基にもなっていますよね。ここの部分をアウトソーシングする企業も見られますが、本来は当該製品の販売に関わるMRの役割だと言えます。MRが担当することで、生きた情報の提供につながると思います。
神尾 ある企業の分子標的薬を取材した時ですが、MRを中心とした勉強会(D to D)の場で、新薬の使い方や安全性などの情報提供があって医療現場からは非常に評価が高かったという話を聞きました。
望月 過去のことですが、プロモーションの側面が強く、徹底した情報提供を行わず、結果的に安全性の面で問題を引き起こした事例がありました。近年上市される新 薬の多くは、高い有効性が期待される一方で、少しでも使い方を誤ると、甚大なリスクを被るケースが増えています。高齢者など、ある特定の患者群への注意喚 起を行うこともMRの使命です。安全性情報は医師のニーズが一番高いところですし、企業としての姿勢も問われるところだと感じています。
沼田 これからは患 者さんへの情報発信も重要なポイントになるでしょうね。啓発によって早く受診を促して初期治療を行うこともそうなのですが、治療の継続といった側面での情 報提供も重要でしょう。薬の価値を最大化するためにも、効果があって良い薬であるということを患者さんにも理解してもらって、治療を継続してもらうことが 大切になってくると思います。患者向け情報では各種メディアを活用した情報発信が活発化しそうです。2013年以降も新しい情報ツールを用いたブランディ ングの方向性などにも注目していきたいと思います。本日は長時間ありがとうございました。2013年もよろしくお願いします。