エンジニアのMさんは、憧れの企業から内定をもらったのだが、その内容は彼を落胆させるものだった…。

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転職市場で学歴の持つ重要度は、それほど大きくない。

学歴をまったく気にしない企業は滅多にないが、その度合いは、あくまで参考程度というところが多い。とくに昨今は、国際化が進んできており、新しい採用のかなりの割合が外国籍などという会社も増えている。新卒採用ならいざ知らず、キャリア採用で、国内の学歴序列を気にしても意味がないという感覚になってくるのも自然なことだろう。

新しい技術をもとに発展してきたIT業界は、とくに学歴を問題にしないことで知られている。エンジニア関して言えば、大学のレベルはおろか、大卒か否かもほとんど問題にされていない。
そのため、高卒（専門学校中退）のシステムエンジニアMさん（30歳）が大手システム開発A社を応募することにも、ほとんど違和感はなかった。A社の採用枠が10名もあったので、彼のコミュニケーション能力とアプリケーション開発のスキルから、即戦力として内定の可能性十分であった。

Mさんは、大手だからというだけでなく、A社のことを非常によく知っていた。
「これまで数回、A社の方と一緒に仕事をさせてもらったことがあるんです。皆さん優秀で、それでいて中小にいるエンジニアをバカにしたようなところもないし、とにかくより良いモノを作っていこうという気持ちの貪欲さがあって、本当にこの人たちは凄いなと感心してばかりいたんです」

A社は業界のなかでも、先進的な人材活用をすることで有名だ。会社の都合ではなく、必ず本人の希望に基づいてアサインするプロジェクトが決められる。必要なスキルの修得に関しては全面的な会社の支援が約束され、システムエンジニアにありがちな長時間労働の負担もなるべく軽くなるよう、配慮されている。

そんなA社なので転職者には人気なのだが、Mさんに対する評価は群を抜いていた。部門長との面接のあとには、すぐにA社から「Mさんを他社に獲られないように、出来ることは何でもするので、彼の希望があれば何でも取り次いで下さい」と言ってくるほど。
自分のスキルには自信を持っていたMさんだが、希望の会社からのこのラブコールに気分はまさに有頂天。夢が叶うと、選考の結果を心待ちにしていたのだが…。

一通りの面接を終えると、A社は、我々の紹介から5名の内定を決めた。そのなかにMさんの名前も入っていたのだが、他の応募者が全て正社員待遇であるのに、彼だけが『契約社員待遇』、つまり期間の定めのある形での雇用となっていた。

その理由として、最初にA社から出てきたのは「Mさんのスキルが、A社で通用するかどうか、それを見きわめるために、試用期間として契約社員待遇とした」というもの。しかし、その話は、現場の面接の様子からして無理がある。

その点をつくと、今度は役員直々に別の返答があった。
「スキルは問題ありませんが、Mさんの性格が社風に合うかどうか、そのあたりを危惧する声がありまして、取りあえず半年間、様子を見て正社員待遇とするかどうかを決めようということになりました」
この再説明にも、我々は噛みついた。
「性格が社風に合わないというのが、具体的に、どういうことを仰っているんでしょう？」
「全体的な印象ですので、これと言うことは難しいのですが、あえてあげるなら、チームとして仕事が出来るかどうかという点です。Mさんは、気に入らないことがあると、辞めてしまうところがあるようなので」
A社は言葉をぼかしていたが、その後の色々な話を含めて考えると、我々はMさんの学歴が問題にされたのだという印象を受けていた。

Mさんには、彼以外の内定が正社員待遇であることを臥せるべきかとも考えたが、後で分かれば、余計に問題がこじれてしまうかもしれない。我々はA社と相談の上、彼にA社の決定と、A社が述べた理由を告げた。

「話を聞く限り、普通に考えて高卒であることが原因ですよね。世間には色んな見方をする人がいますから、私の学歴がマイナスに評価されることもあることは覚悟しているつもりでした。でも、それがよりによって、ずっと憧れていたA社だったというのは…。そういう会社だとは思っていなかったので、残念です」
Mさんの声は、悲しげに聞こえた。
「きっと半年もしないうちに、見返せると思いますよ」
我々の声かけに、Mさんの目に光が宿った。
「もちろんです、A社を辞退したりなんかしません。必ず、要らないことをしたと思わせてやりますよ」
Mさんは根っからのファイターだ。ハードワーカーで、常に新しいことに挑んできたからこそ、今のキャリアを築いてこられた。きっと彼なら、その言葉を現実のものにするだろう。