経理のHさんは、自分にあった堅実な会社をさがそうと、いろいろな会社を応募するのだが…。

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ちまたのニュースが、与野党の代表選挙でもちきりになっている。ここでの勝者が、次の日本の顔になる可能性が高いだけに、注目が集まるわけだが、政治不信からか「誰がなっても一緒」なんて言う冷めた声も聞こえてくる。
たしかに、当面、議員の顔ぶれは同じなのだから、それほど劇的な変化は起きないのかもしれないが、たいていはリーダーによって組織の色は微妙に変わってくるものだ。それは企業でも同じだろう。

経理のHさん（35歳）はた現職の業績不振で、転職を迫られることになった。
保守的な性格のHさんは、出来るだけ堅実な会社を希望していたが、どこかモッサリした印象のHさんは、面接ウケがいまひとつで、苦戦を続けていた。

最初にHさんが手応えを得た会社は、不動産業A社だった。初回から社長面接がおこなわれ、温厚で誠実なA社社長とHさんは波長があったようで、A社からは「真面目な性格で、安心して仕事を任せられそうだ」という評価コメントがあった。
Hさんもこういう人が社長をしている会社ならと、意気込んで次の面接に臨んだのだが…。

Hさんは面接中、何度か「別の会社に来たのではないか」と、もらったばかりの名刺を見直すほど、スタッフの雰囲気は社長とタイプが異なっていた。
Hさんが会ったのは、営業・管理部門の責任者、そして経理の現場スタッフだったが、彼らは一様によく言えばアグレッシブ、悪く言えば山師的な怪しい雰囲気を漂わせていた。実際、事業の話を詳しく聞くと、金融危機や震災とは無関係にかなり大きな業績のアップ＆ダウンがあった様子。

「営業の方は、みんな大きく狙って、大きく当てるのをモットーにしているところがあるからね」
「まったくねえ。お陰で経理は帳尻あわせが大変ですよ、ハハハ」
こんな調子だから、Hさんと話が合うはずもない。盛り上がらないまま面接は終わり、Hさんは早々に辞退を決めたのだった。

次にHさんがチャンスを得たのは技術開発B社。研究機関のようにエンジニアを揃えたB社は、営業・経理スタッフも、真面目を絵に描いたような人たちばかり。考えた方も地に足がついており、Hさんは居心地の良さを感じていたのだった。
ところが、B社の社長面接で、再びHさんは面食らう体験をすることになってしまった。

B社社長の経歴は、なかなか華麗なものだ。20代で自らベンチャー企業を立ち上げ、それが吸収合併されたあとは、一時、投資会社に身を置き、スカウトされて現在のB社の社長の座におさまることになった。
面接の席で、社長はHさんに揚々たる未来図を語って聞かせた。3年で株式公開、5年で上場が目標。今ある技術だけでも、大手企業と対等に取引できるが、現在の進行中のプロジェクトがうまくいけば、日本で知らぬものがない会社になるだろう云々。

テクニカルなことには無知なHさんだが、社長が言っていることのほとんどが夢物語であることは容易に想像がついた。
「あの堅いスタッフに、この社長。どうにもバランスがとれない…」
Hさんは頭を抱えてしまったのだが、既に退職の日も決まっており、そうそう贅沢もいっていられない。Hさんは我々に連絡をして、悩みをぶちまけた。
「A社とB社、社長を取り替えた方がいいですよ。せっかく良い会社と思ったのに、トップと現場、まるでカラーが違うんですから」
「Hさんが懸念されていることは、よく分かります。ここは率直に不安に感じていることを、B社にぶつけてみましょう」

再面接の席で、B社の管理部長は、社長とスタッフの関係を赤裸々に話してくれた。
「B社は複数の企業が出資して出来た会社ですが、数年前に出資した企業間の調整がうまくつかず、次の社長を誰にするかで揉めまして、そこで外部から連れてきたのが現社長です。技術的なことは何も知らず、最初のうちはスタッフとの間に溝があったのですが、社長、ああ見えて資金調達の方では本当にやり手でして、さまざまな形で投資を呼び込んできます。やり過ぎるところはありますが、広報でも目立ってくれますし、社長の大風呂敷を聞いていると、私たちも『手堅くビジネスを積み上げながらも、大きなヴィジョンを忘れてはいけない』とハッとすることも多いんですよ」
これを聞いて、Hさんは納得して選考を最終段階へ進めることが出来たのだった。

まるで毛色の違うトップと現場。B社では、社長が企業の顔とは言えないかもしれないが、なかではポジティブな化学反応が起きているようだ。