トラウマを越えて
公開日時 2012/04/10 04:00
就活でまさかの大失敗を経験したTさん、転職でその失敗を取り返そうとしていた。
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「最後の面接は、形式的なものですから」
「はい」
「社長の希望でしてね、入社する新人と全員話したいということなんです。5分か10分程度ですぐに終わるはずです」
メディカル大手A社で採用担当者から説明を受け、当時22歳だったTさんは緊張しつつも、『これでようやく就活も終わるんだ』という安堵した気持ちでエレベーターに乗った。
役員室のあるフロアについて、秘書らしき女性に案内されたのは、それまでとはまったく雰囲気の違う部屋だった。専用にあつらえられた個室には毛足の長い絨毯が敷かれ、赤みがかったマホガニーで統一されたデスクと本棚は、まるでハリウッド映画に出てくる法律事務所ようだった。
「××大学のTと申します。よろしくお願いします」
「どうぞ、座ってください」
さして緊張していないつもりだったが、いつの間にか手の平にじっとり汗が滲んでいた。質疑がはじまり、Tさんが何かのタイミングで「社長からそのように言っていただけて、光栄です」と口にした時だった。先方の顔が曇り、思いがけないことを言われた。
「さきほどからT君は何度もわたしを『社長』と呼んでいるけれど、私は社長ではなく副社長。社長の写真は、就職資料のパンフレットやホームページにも大きく出ていたから、別人だと分かるはずでしょう?」
Tさんはたしかに人事から『社長』と聞いたつもりだったのだが、A社で最後の面接を担当していたのは、人事畑出身の副社長の方だった。
『大失態だ』
謝罪して、そのまま質疑を続ければ、何ごともなかったのかもしれないが、Tさんには、副社長の顔が白んでみえていた。文字通り、頭の中は真っ白。そんな経験は初めてだった。必死に笑顔を作ろうと心がけたが、顔が耳まで熱くなり、舌が痺れてろれつが回らなかった。
その夜、A社から不採用の連絡があった。顔を見せるだけの、形式的な面接のはずだったのに、Tさんはそこでまさかの失敗をしてしまったのだ。
他の会社の選考を中断していたTさんは、慌てて就職活動を再開させたが、時期を逸してしまったこともあり、A社ほどの大手企業から内定をもらうことは出来ず、ずっと小規模の会社に就職することになった。
しかし、結局Tさんは会社にも仕事内容にも満足できず、入社3ヵ月で転職相談にやってきた。こんなはずではなかったという思いにとらわれていたTさんは、A社に負けないような大手を希望したが、まだキャリアのない彼に、それは叶わない望みだった。
「大きな舞台で活躍できると証明するには、今の会社で出来ることを積み重ねていくことです。仕事を覚えて実績をあげるだけでなく、仕事でどんな工夫をしたか、どう改善したか、そういったことも意識して仕事をしてみてください」
その時の我々には、基本的なアドバイスをすることしか出来なかった。
それから2年、25歳になったTさんは、ふたたび転職相談にやってきた。第二新卒の転職者の職務経歴書は、普通、所属部署と営業成績、それに簡単な自己PRが書かれているくらいがせいぜいだ。しかし、Tさんは違っていた。
2年前のアドバイスを忠実に実行してきた彼は、3ヵ月ごとに立てた目標とその振り返り、担当クライアント別に考えた実務上の工夫と受注の推移、自分のキャリアについてこれからの課題をまとめた一覧まで添えられていた。
「今の仕事では物足りません。もうひとつ上のレベルに挑戦したい」
と言うTさんの顔は、どこへ出ても恥ずかしくない、立派な社会人の顔になっていた。Tさんは、A社に比肩する大手B社の選考で高評価を受け、最終面接に残ることになった。
最後の役員面接の前夜、Tさんから電話があった。
「3年以上経つのに、まだ就活のトラウマから抜け切れてないんです。明日のことを考えると、怖くて何も手につきません」
長い時間話し相手をつとめたが、アドバイスをしたわけではなかった。我々が伝えたのは「明日、その場に行って答をみつけてきて下さい」ということだけだった。
面接は終わった。Tさんは「どんなに緊張するだろうと思っていたのですが、アッサリ終わってしまいました。手応えがあるわけではないのですが、就活の面接よりは上手くできたと思います」と、笑っていた。
B社からの回答はまだきていないが、我々はきっと良い結果になるだろうと踏んでいる。もし仮に、二度目の不運に見舞われたとしても、きっとまた次があるだろう。Tさんなら出来るはずだ。彼は試練を乗り越えたのだから。
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