転職活動中のMさんには、企業限定の結婚紹介サービスで知り合った女性がいた。

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大手メーカーA社のエンジニアMさん（32歳）は、外資系メーカーB社の内定を目前にして、我々のところに相談を寄せてきた。
「転職活動をしていることを、打ち明けたい人がいるのですが…」
わざわざ断ってくるのだから、身内ではあるまい。同僚か上司か、我々はついそう早とちりをしてしまった。
「内定が出るまで、現職A社の人には話を漏らさない方が良いと思いますよ。Mさんのキャリアを考えると、間違いなくかなり強い引き留めがあると思われますから」
懸念を伝えると、Mさんはなんとも微妙なこたえを返してきた。
「いや、正確にはA社の人間というわけではないんです」
「正確には？」
「はい。実は、今、結婚を前提におつきあいしている人がいまして」
「そうでしたか。となると、以前A社に勤めていた女性ですか？」
「いえ、A社が法人契約している結婚紹介サービスで知り合った人なんです」

Mさんが利用した結婚紹介サービスはクローズドなもので、主に出会いのチャンスないA社エンジニアと、良縁を求める外部の人たちとの仲をとりもっている。大手企業のブランド力は強く、A社社員との出会いを求める人たちは、かなり高額な手数料を払ってサービスを利用しているらしい。
Mさんのお相手は、これまで十数人のA社社員に会ってきたとかで、Mさんはそのあたりを気にしていたようだが、結婚を考えているなら、転職のことは説明しなくてはなるまい。
「構いませんよ。ぜひ、よくご相談なさってください」
我々は、気軽にそう返事をしたのだが…。

その次の月曜、落胆したMさんからメールがあった。
「大反対を受けました」
ある程度のことは想像していたが、先方の父親からは「A社のような立派な会社で勤務しながら、転職を考えるような浮気性な男だとは思わなかった」とまで言われたのだとか。
そして、Mさんにとってそれ以上にショックだったのは、本人から直接「転職するなら、おつきあいのことは考え直したいんです」と、告げられたことだった。

「最初は彼女の方が積極的だったんですよ。でも、他のA社の人とも会っているわけですから、肩書きではなく僕に好意があるのだと思っていました。でも、今考えると自信がありません…」
Mさんが嘆くのも当然だろう。我々も、ここまでの反応は予想外だった。というのも、Mさんが転職しようとしているB社は、日本での知名度こそいまひとつだが、国際的視点でみればA社に何ら劣るところのない大企業。おそらく年収もあがるし、仕事内容でもステップアップできる面が多い。
Mさんはそのことを丁寧に説明したのだが、それでもA社ブランドへの信仰は揺らぐことはなかったという。

「転職と聞いてショックを受けてしまったのかも。彼女とご家族の気持ちが落ち着くのを待ちましょう」
我々はそう言ってMさんを元気づけたのだが、状況は好転しなかった。女性からの連絡は途絶え、代わりに、仲介しているサービス会社から「A社の方との出会いを求めている女性にしてみれば、これは裏切り行為。なんとか転職を諦められないのですか？」と翻意を求められたというのだ。

翌週、最終面接を受け内定をもらったMさんは、生涯の伴侶か、魅力的な仕事か、究極の選択に悩むことになった。
もう一度、相手の女性と面会する機会を得たMさんは、「こんなチャンスはもうない。自分についてきて欲しい」と訴えたという。しかし、想いは届かなかった。

「仕事のことで妥協できませんでした。ここで譲ってしまったら、一生思うようなことが出来ないような気がして…。まだ出会って三ヶ月、深入りする前でよかったと思うことにします」
第一希望の企業から内定をもらったMさんに、「残念でしたね」と声を掛けなければならないのは、何ともやりきれない気持ちだった。お見合いで肩書きがモノを言うのは仕方ないが、そこまでひとつの会社に拘らなければならない理由があるのだろうか？結婚・恋愛は我々の管轄外のことだが、まったく理解に苦しむところだった。

もっとも、Mさんには明るい未来が待っているはずだ。問題が決着するまで、彼には伏せていたが、B社にも同様の結婚紹介サービスがあるのだ。今回の経緯は、Mさんから直接B社に説明済なので、入社すればきっと「お誘い」があるはず。
いやそのまえに、恋に傷ついたMさんをB社の独身女性が放っておかないかもしれない。