広告代理店で働くSさんは、体に合わないダブダブのスーツを着て転職相談にあらわれた。

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広告代理店A社に勤務するSさん（34歳）が最初に我々のところに相談に来たのは、去年のまだ暑い日が続いていた頃だった。地声が大きく、快活な人物。話にもよどみなく、資質の高さをうかがわせたが、我々にはひとつ気になることがあった。

着ているサマースーツが、どうみてもサイズ違いのように思われたのだ。

彼のひきしまった体の線からして、袖口・胴回りなどは、まるでお祭りのはんてんを着ているかのようなダブつきぶりである。気さくな彼の性格を見て、面談の後半にやんわりその点を指摘すると、
「やっぱり、おかしいですか？最近、また少し痩せたからなあ」
と、Sさんは日焼けした額に手をあてた。

1年半前、企画部若手エースのひとりとして大車輪の活躍をしていたSさんは、あまりの多忙さに体調を崩し、別の部署に異動となった。その異動先の仕事は、まったくの閑職で体を休めるという面ではありがたかったのだが、すぐに回復したSさんは、すっかり手持ち無沙汰になってしまった。
エリートコースから外されたかっこうなので、企画部への復帰は簡単ではない。
「とりあえず今できることを」と考えたSさんは、ジムに通いジョギングをはじめ、体を引き締めて自分の健康をアピールすることにした。

しかし、1年たっても企画部復帰の見込はたたず、転職を決意…。これが我々のところにきた経緯だったのだが、1年間の運動と節制で、大学時代から太めだったSさんは見違えるような姿になってしまったのだ。体重は30キロ以上絞ったという。
「おかげで着るモノがすっかり変わってしまって。このスーツも少し前に新調したんですけどねえ」
30半ば、太ってスーツを変える男性は多いが、その逆というのは珍しい。羨ましい人も多いと思うが、とはいえ、面接に行くのにダブダブのスーツというのはさすがにみっともない。
「面接用にスーツ一着準備します」
Sさんは、仕方ないと手をひろげて見せたのだった。

凝り性のSさんは、すっかりエクササイズマニアになっており、転職期間中も熱心にワークアウトを重ねていた。面接日程調整のメールのやりとりのなかに、「目標にしていた、体脂肪率一桁達成です！」との一文が入っていることもあった。
アレからさらに痩せたのなら、スーツを買ったのも無駄にはならなかったろう。我々はそう思っていた。

それから一ヶ月でA社の競合B社に転職し、バリバリ仕事をはじめたSさん。さらに半年後に、人事にSさんの様子を聞いてみたのが、そこで思いがけない話があった。
「今までの鬱憤を晴らしたいという気持ちがあるようで、すごい働きぶりですよ。仕事の面ではまったく文句なしなんですが…」
「なにか、気がかりなこともでも？」
「いやあ、リバウンドなんですかねえ、入社してから見る間に太ってきまして。本人は『前も太っていましから』なんて言って気にしていない様子なんですが、すごい変わりようなんです。15キロくらいは増えたんじゃないですかね」
「そ、そんなに？」

我々も少し心配になってメールを送ると、しばらくして返信があった。
「おかげさまで仕事が忙しくなって、エクササイズする時間が持てません。少しリバウンドしてしまいました」
添付されていて写真を見て驚いた。15キロというのはどう見ても控えめな表現。20どころか、プラス30キロと言われても不思議ではない恰幅の良さなのだ。

メールの話によると、Sさんは企画の仕事に熱中すると間食をしてしまう質らしい。つまり、好きな仕事をしている限りは、メタボからは抜け出せそうにないのである。
以前、仕事からくるストレスで体調不良に陥り、同じ人とは思えないほど痩せてしまったという例を紹介したことがあるが、Sさんの場合は少し違う。仕事が好調になるとすぐに太る、という困ったジレンマに陥っているのだ。

「間食を止めるか、仕事をセーブしてもう一度ジム通いをするか、何か考えた方が良いですよ」と、書いて送ってはみたものの、仕事に邁進するSさんがその気になってくれるかどうか…。
せめてもの救いは、添付されていた写真のSさんが、あつらえたようなピッタリのスーツを着ていたことか。とりあえず暫くは、彼が着る服に困ることはないだろう。