メーカーA社の採用担当Mさんは、社内では「優秀な人事」として通っているのだが…。

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数年前、準大手食品メーカーA社が積極的に採用をおこなっていた時のこと、採用担当Mさん（37歳）は、我々にこんな要求をしていた。

「A社の面接は、一次と二次がセットになっていると思って下さい。一次はペーパーテストと人事面接を行い、最低限のスクリーニングはかけますが、あくまで予備的なもの。二次面接は、上長となるであろう現場マネージャーとの顔合わせですので、そこまで転職希望者の方の辞退がないようにしてください。」

人材需要が高かった時期なので、採用する側が「結論に飛びつかず、二次面接まで判断を待って」というのは、当然といえば当然。ただ、A社の場合は「一次面接後に、辞退は絶対しないで欲しい」というのが徹底していた。
たとえば、他の会社で内定が決まり、そちらに行く気持ちを固めている人にも、「結論は出ているとしても、二次面接に来るだけ来て欲しい。いろいろな企業の人と会って話をするのは、他の会社に転職するとしてもプラスになるはず」というのだ。

Mさんの言うことにも一理はある。しかし、他方「面接は、あくまでA社に入りたいという姿勢できてください。他で内定があることは、面接のなかでは決して口にしないで」と、不自然なほど繰り返し転職希望者に言い含めてもいた。

後にA社の内情を知る転職者の方から、我々はMさんの真意を知ることになった。彼は二次面接に進む人の数を確保しつつ、「人事面接を受けた後にA社を断った人の割合」を極力減らそうとしていたのだ。
A社内部の査定では、現場の面接後に辞退したのなら、それは現場の責任になる。一次面接と二次面接がセットというのは、人事の責任となる辞退の数字を減らすためのアリバイ作り、Mさんの保身のための方策だったわけだ…。

採用が控えられるようになった今も、MさんはA社の採用を切り盛りしている。現在は数よりも質、スポットごとの求人に最適な人物を紹介することが求められている。一次面接は以前と変わらず人事によって行われるが、今や、ここがA社の最難関。滅多にいないというキャリアの人を紹介しても、Mさんはなかなか首を縦に振ってくれない。

「転職歴はやや多いですが、力のある方だと思います」
我々がこんなふうに話をすると、Mさんはこう返答してくる。
「たしかに、そう見えます。しかし、仮に現場の方で不採用という判断になった場合、どうして人事として彼を推薦したのか、その根拠が必要なんです。エージェントさんはどう答えたら良いと思われますか？」

つまり、Mさんが社内でつきあげを食らうことがないよう、保険が欲しいというのだ。我々は転職者の方と相談して、職務経歴書とは別に、応募した方のキャリアがA社の求人にどのように適合かをまとめたサマリーを作り、Mさんにメールで送っている。一次面接で徹底的にキャリアを厳選しているお陰で、二次面接を受けた人のほとんどは内定をもらえているが、複数の有力な候補がいる場合でも、Mさんは一人しか二次面接を組もうとせず、結果的に現場の選択肢を狭めてしまっているように思える。

Mさんは、A社内では同期入社のなかで最も昇進が早いうちの一人、出世コースを歩んでいるエリートなのだがそうだが、正直、我々の目には、Mさんが採用上手とは言い難いものがある。

大きな組織の中にいると、否応なく、したたかな根回しや責任転嫁の処世術が必要になってくるのは分かる。しかし、そのせいで転職者の方が割を食い、A社のためにもなっていないのなら、我々はとしては看過できない。

「商品企画のキャリアは測りかねる時があるよねえ。本当に現場にあわせるだけの価値のある人なのかなあ？」
懐疑的なMさんに、我々は訴える。
「意欲のある人です。ぜひチャンスをあげて下さい」
「けどねえ…」
こういうときは、逆方向に攻める手もある。
「この人を見送ったことが後で分かったら、現場の方が惜しまれるのでは？」
「いや、応募者の管理は人事がやってるから」
「しかし、同業他社に転職する可能性が高いですから、どこからか話が伝わるかもしれませんよ」
「うーん。そうねえ…。そこまで言うなら、考えてみましょうか」

保身第一の相手なら、そこをついていくまで。採用のことなら、こちらも海千山千である。