【FOCUS 2040年の医療・介護の将来像 バックキャストして中長期戦略構築へ】
公開日時 2019/03/26 03:52
「セルフヘルスマネジメントの環境整備が整い、AI(人工知能)ホームドクターによる健康相談や層別化が進む」-。政府は2040年を想定し、地域住民が納得して医療・介護サービスにアクセスできる社会基盤を構築する絵を描いている。ただ、これを実現する政策工程表は?と問われるとその答えは・・・。政府の未来イノベーションWG(佐久間一郎・東京大学大学院工学系研究科教授)はこのほど、「次世代ケアの実現に向けて」をテーマにメッセージを公表した。2040年に実現すべき将来像は、先端技術が溶け込んだ社会像から「バックキャスト」することで、重要な領域を抽出し、中長期の計画を策定するという。得られたビジョンは政府の健康医療戦略やAMEDの次期中期計画に反映させる方針だ。(沼田佳之)
政府はバイオなど革新的新薬の創出を含むヘルスケア領域について、AI、IoT、ロボット技術など、第4次産業革命を踏まえた変革が今後急速に進展すると見込む。一方で医療や介護分野も高齢化に伴い高騰する社会保障費の課題を抱え、これを乗り切るための新たな改革の視点が求められる。政府は、人口減少社会に対応するため、労総生産性向上や高齢者の社会参画、さらには最新テクノロジーを活用した社会インフラの整備などに取り組む方針で、これらを総合的な政策パッケージとして示し、実現に向けた工程表に反映する考えだ。
ただ、これらを実現するには、顕在化する社会課題の解決方法に加え、新たな産業創出やマーケット動向などの要素を短期、中期、長期で示す必要がある。
WGが公表したメッセージでは、先端技術が溶け込んだ2040年の健康、医療、介護のイメージを想像している。この時期、地域住民(患者)は、オンラインによる新たな医療・介護インフラを活用し、本人が納得して医療・介護サービスにアクセスできる社会を目指すとした。その際の仮の姿も明示しており、心疾患診断アシスト付遠隔医療対応聴診器(超聴診器)を用い、リアルタイムで専門医の診断を在宅で受診することが可能とした。また医療機関も、オンライン診療に特化した病床の無い病院が立ち上がっている可能性に言及している。すでに米国では、高度双方向カメラや、オンライン対応の機器、リアルタイムのバイタルデータから、患者がどこにいても医師に受診できる体制を整えた。さらに、患者はウェアラブル端末から得たバイタルデータや日常の行動をデバイスに記録。ウェアラブル端末が異常な行動を検知した場合は、速やかに医療者や介護者とつながり、対応できる社会システムまで構築している。
◎「理想的な姿」からバックキャストした「実現のための方向性」
ただ、日本でこれらを実現するハードルは高い。テーマが広範囲であることに加え、規制・制度面の対応が複雑という課題もあり、まずは医療・介護分野に最新テクノロジーを利活用したサービス提供の施策のイメージを策定し、次にフェイズ(短期・中期・長期)ごとに政策の積み上げが求められるという訳だ。
先述の未来イノベーションWGは、「理想的な姿」からバックキャストした「実現のための方向性」を提示する必要性を指摘している。例えば、地方都市を人口減少が襲うなかで、その地域の住民は、必要な医療・介護サービスを持続的に維持できるかという課題に直面する。これに対し、実現のための方向性では、「セルフマネジメント等による個人の生活サポート」を掲げている。地域住民の健康状態をモニタリングするテクノロジー(ウェアラブル端末等)の利活用をイメージしたものだ。一方で、医療・介護職に対しては、生産性向上を目的としたノンコア業務からの解放、さらに業務のスリム化などの課題をあげ、「専門職の能力の拡張・コミュニティの醸成」を進める考えを提案している。さらに、地域の医療・介護資源(ヒト・モノ・情報)の見える化とネットワーク化を促進するとし、対象となる地域住民の細やかな層別化と最適な需要マッチング(スマートアクセス)を実現し、専門職、非専門職双方の多能工化などを通じ、「本人にとって納得できる医療・介護の実現を目指す」と提案している。
これらを実現する短期的な施策では、セルフヘルスマネジメントのサポートや、地域住民に自覚を促すモニタリング、ソリューションにつながるスマートハウスの整備などが上がる。一方で医療従事者など専門職の業務のスリム化や専門職の能力の拡張・コミュニティ化などが重要になる。ただ、課題を列挙するだけでも、多岐に及ぶことは明白だ。
次に、中期的な施策では、緊急時の見守りを可能とするスマートハウスや、救急ドローン、日常生活データと組み合わせてパッケージで提供する医薬品・医療機器などを想定している。結果的に地域の医療・介護のスマート化が促進され、加えて社会や個人の納得度が定量化されるというシナリオだ。もちろん、経営・経済的側面からのミスマッチの解消や経済的側面と評価に基づく最適化を可能とすることになり、医療費や介護費用の適正化にもつながるとの発想だ。
◎イノベーションのスコープも拡大
製薬産業の未来像も同様に、こうした社会環境やインフラ整備に即したビジネスモデルの構築が求められる。政府もこうした一連のプロジェクトに際し、「将来大きな市場を創出しうる有望な技術領域を他国に先駆けて特定し、リソースを重点的に配分する」としている。革新的新薬の創出を目指す製薬産業にとっても、次世代ケアの実現に向けて取り組める余地はある。政府主導となると、海外投資家もこのマーケットに熱い視線を注ぐ可能性はある。結果的にイノベーションを誘発することにもつながる。まさにイノベーションのスコープも拡大し、新たなビジネスやマーケット創出に製薬産業が一役買うチャンスも広がるだろう。