降圧薬・ディオバン(一般名:バルサルタン、ノバルティス ファーマ)をめぐる臨床研究でデータの改ざんがあったことを受け、厚労省は「高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会」(委員長:森嶌昭夫名古屋大学名誉教授)を設置し、8月9日に省内で初会合を開いた。
検討委で、新たに大学の内部調査の中間結果が報告された、「VART Study(研究の中心となった施設:千葉大学)」、「SMART Study(滋賀医科大学)」の2試験でも、新たにカルテデータと論文データの食い違いが発見されたことが分かった。検討委では、9月末をめどに、原因の究明や再発防止策などについて、一定の方向性を出す方針。
田村憲久厚労相は、会の冒頭で、ノバルティスの元社員のデータ統計へのかかわり方について、大学の内部調査と、ノバルティス社の第三者機関の調査結果との間に食い違いがあることを指摘し、事態を重く受け止めているとした。その上で、「論文が違っていたら、医師の処方行動も変わってくる。結果として、患者に不安感をもたらせた大きな問題と言える。閣議決定した成長戦略において、革新的な医療技術の実用化を挙げている。臨床試験に信頼性がないというと大変な問題になってくる」と指摘。「真実がどこにあるかも調べていかないといけない。臨床研究が不振をもたれているということは大変な問題。信頼回復のために力を貸していただきたい」と述べ、検討委に9月末を目途に一定の結論を出すことを求めた。
◎VART 血圧値にカルテデータと食い違いも
この日の検討委では、「KYOTO Heart Study(京都府立医科大学)」、「JIKEI Heart Study(東京慈恵会医科大学)」、「VART Study」、「SMART Study」、「NAGOYA Heart Study(名古屋大学)」の臨床研究で中心となった医療機関と、ノバルティスの元社員が肩書きとしていた大阪市立大学の内部調査の現状と、ノバルティスからのヒアリングが行われた。
VART Studyでは、カルテデータと論文データとの間で血圧値について食い違いがみられたことも分かった。千葉大学では、7月5日に症例データを入手、8日から内部調査を開始した。登録時の症例データ109例のうち、解析対象の108例をカルテから特定し、外部機関の先端医療振興財団臨床研究情報センターが照合を行った。
その結果、イベント数(脳卒中、心不全、血清クレアチニン2倍)には解析に用いられたデータベース情報とカルテデータに相違はみられなかった。一方、血圧の測定全ポイント1512のうち、67ポイント(4.4%)に相違がみられたとした。ただ、「カルテデータでの集計結果とデータベース情報から得られた結果との間に有意差は認められなかった」としている。副次評価項目についても調査中という。
同試験へのノバルティス社の元社員との関与について、臨床研究を開始した際の主任研究者(小室一成氏・現東京大学大学院医学系研究科循環器内科学)は、「ノバルティス社の元社員だということを知っており、プロトコルを作成する委員会などには来ないように言っていた」と説明。同試験では、途中で主任研究者が交代しているが、その後は、「ノバルティスの元社員であることは知らなかった。データについてその方に触れさせることとはなかったと聞いている」(横須賀收氏・千葉大学大学院医学研究院医学研究院長)としている。
◎SMART研究 ずさんなデータで論文と一致しない点も
SMART研究についても、“ずさんなデータ”が含まれており、カルテデータと論文データとの間にかい離がみられる可能性が指摘された。同試験では、2型糖尿病合併高血圧患者における、微量アルブミン尿減少効果をCa拮抗薬とARB群の2群間で比較した。内部調査では、「イベント数ではなく、数値そのものを検討している」(服部隆則氏・滋賀医科大学副学長・教育担当理事)と説明。7月15日に90例のカルテデータを入手し、論文の再現性などについた調査を進めているとした。
現在、カルテデータと論文データとの比較を進めている中にあって、服部氏は「最終的な報告はできない状況」とした上で、「論文の生データを見ると、非常に初歩的なミス、つまりカルテからの入力ミス、計算ミスなどがたくさんでてきている。論文内容と必ずしも一致しない部分もでてきている」と述べた。
Diabetes Careに掲載された主要論文の著者の中に、ノバルティスの元社員の部下が含まれていたことも報告。ノバルティス元社員が主任研究者らと研究立案後に、元社員の部下が研究に参加したと説明した。この元社員の部下は、データ検討委員会や処理にかかわっていたという。
服部氏は、「ノバルティス社の社員2名が関与していたという驚くべき、衝撃的事実が分かってきた。論文の信ぴょう性に関しましては、かなりずさんなデータであるということで、外部委員会にお願いして中立な公表を行いたい」と述べた。今後、研究にかかわった医師、ノバルティスの元社員、元社員の部下らにもヒアリングなどに数週間を要するとし、最終結果については1か月以内に公表する予定とした。
そのほか、ノバルティスの元社員が肩書として用いていた大阪市立大学も内部調査を実施。元社員が所属していた産業医学教室では、「医師主導臨床研究は行っていない。元社員も、産業医学教室で行っていないと主張している。倫理委員会にも当該臨床研究は提出されていない。本学は臨床研究に一切かかわっていない」と述べた。また委嘱についても、“講義”のみを想定したとし、「研究という形でかかわるということは想定していなかった。上司である教授にもそういう相談はしていない。寄附金も産業学教室には一切入っておりません」と、同大学の臨床研究へのかかわりを否定した。同大では元社員は「デスクもメールアドレスも持っていない」とした。なお、委嘱は、2002年4月~13年3月まで(1年更新)。同大では、06年度医学研究セミナーで講義を行ったほか、院生に対してゼミなどで数回指導を行ったとしている。
一方、ノバルティスは奨学寄附金として、2002~12年までの10年間で、東京慈恵会医科大学に1億8770万円、千葉大学に2億4600万円、京都府立医科大学に3億8170万円、滋賀医科大学に6550万円、名古屋大学に2億5200万円の寄付を行ったことも分かった。ただ、同社では2010年以降、契約書で使途を明示した、委託受託契約方式に変更しているとした。また、プロモーション資材として5試験をめぐり、ディオバン関連1384資材のうち、推定495種類を用いていたことも公表。ただし、KYOTO Heart Study関連論文に関する資材は、論文の撤回を受け、13年2月4日以降使用を中止、その他の関連論文についても、5月20日以降は使用を中止しているとした。
◎臨床研究の信頼回復に向けた取り組みが論点に
検討委では、この事案を踏まえた論点案として、▽臨床研究の信頼性及び質を確保する上で具体的な方策と、その場合の課題▽大学研究機関と製薬企業との透明性を確保する具体的な方策▽ノバルティス社が一連の誤ったデータに基づきディオバンに関する広告等の販売促進活動を行ったこと及びそれにより得た売上金額をどう考えるべきか▽臨床研究に対する信頼回復に向けた取り組みとして、大学等研究機関、製薬企業、学界、行政等は何を行うべきか――の4点を挙げている。なお、現在臨床研究では、厚生労働大臣告示として、被験者保護の観点から「臨床研究に関する倫理指針」を定めている。