がんゲノム異常の人種差明らかに 胆道がんで治療薬の開発不十分 国がん研究グループが日本人5万例解析
公開日時 2024/03/01 04:51
日本人では10種類のがん種でTP53遺伝子変異の頻度が高いなど、白人とは異なる特徴がある―。国立がん研究センターの研究グループは2月29日、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)に蓄積された約5万例のがん遺伝子パネル検査データを解析した結果を発表した。日本人を対象にがん種横断的にドライバー遺伝子異常が解析されたのは初めて。日本人に多い胆道がんなどでは、ゲノム異常を標的とした治療薬の開発が不十分である現状も明らとなった。研究グループの国立がん研究センター研究所分子腫瘍学分野の片岡圭亮分野長は同日開いた会見で、「少なくとも日本ではよりそうしたものに重点を置いた開発が必要ではないか」と述べ、日本人がん患者に向けた診断・治療戦略の最適化の必要性を指摘した。
研究グループは、保険診療でがん遺伝子パネル検査を実施し、C-CATに登録された症例4万8627例を対象に、がん種横断的に、ドライバー遺伝子異常の発現率などを網羅的に解析した。内訳は、FoundationOne CDxがんゲノムプロファイル(309 遺伝子の変異を検出、4万2389 例)、OncoGuid NCC オンコパネルシステム(124 遺伝子の変異を検出、6238 例)。登録期間は2019年6月~23年8月。対象コホートはアジア最大規模で、胆道がんや胃がん、子宮頸がんなど、欧米人と比べて日本人に多くみられる症例が多く含まれているのが特徴となっている。
1つ以上のドライバー遺伝子変異があったのは4万4349例で、ドライバー遺伝子変異は15万1875あった。症例数の多い26種類のがん種のドライバー遺伝子に限定して解析したところ、最も頻度の高い遺伝子変異は、はTP53の55.9%。KRAS(24.8%)、APC(16.7%)、PIK3CA(11.9%)、ARID1A(10.4%)、KMT2D(8.9%)が次いだ。TP53 は、膀胱尿管上皮がん、大腸がん、乳がん、肺腺がんを含む18 のがん種で最も遺伝子変異頻度が高いドライバー遺伝子だった。米国がん学会シーケンスプロジェクト(GENIE)に含まれる米国白人データと比較したところ、特に、大腸がんや胆管がん、頭頸部がんなどの10 種類のがん種において、日本人でTP53 遺伝子変異頻度が高いこともわかった。
◎治療薬標的のゲノム異常がある症例は15.3% 最多は甲状腺がんで8割超
「治療薬の標的となる、または治療薬の効果予測できるゲノム異常がある症例」は、全体の15.3%だった。症例数の多い26種のがん種を比較したところ、治療標的となる遺伝子異常が最も多かったのは甲状腺がんの85.3%。湿潤性乳がん(60.1%)、肺腺がん(50.3%)が次いだ。一方で、標的となる遺伝子異常が少ないがん種は、唾液腺がん(0%)、脂肪肉腫(0.3%)、腎細胞がん(0.4%)、子宮頚部扁平上皮がん(0.7%)で、がん種によって治療標的となる遺伝子異常のある症例の割合は大きく異なることがわかった。
◎日本人では白人より標的となる遺伝子異常少なく すい臓がんや胆道がん症例の多さが理由に
C-CATの日本人データとGENIEの米国白人データを比較すると、がん種ごとの遺伝子異常の割合に差は見られなかった。ただ、日本人全体で見ると治療標的となる遺伝子異常がある症例は18.3%、米国白人では26.8%で、日本人では治療標的となる遺伝子異常が少ない傾向が見られた。
研究結果を報告した堀江沙良氏は、「C-CATは治療標的となる遺伝子異常が少ない膵臓がん・胆道がんなどの症例が多いためと考えられる。欧米と比べて、日本に多い胆道がんなどでは、ゲノム異常を標的とした治療薬の開発が不十分である現状も明らかになった。治療標的となる遺伝子異常が少ないがん種のさらなる治療薬開発が望まれる」と述べた。
片岡分野長は、「米国を含めて世界的に多い乳がんや肺がんに対しては、グローバルな開発が進みやすい。一方で、欧米では患者数が多くなく日本で特徴的に多いがん種は開発が進んでいない。少なくとも日本ではよりそうしたものに重点を置いた開発が必要ではないか」と述べた。
研究グループは、「日本のがんゲノム医療、創薬や臨床臨床試験の基盤となる貴重な研究であり、日本人がん患者さんに向けた診断や治療戦略の最適化が必要であることを示している」と強調。今後も大規模な臨床ゲノムデータを用いたがんゲノム解析研究を継続し、日本人に特徴的ながん遺伝子プロファイルや、それは予後、治療効果に与える影響、新たな発がん機構の解明を目指すとしている。
なお、研究結果は米科学誌「Cancer Discovery」に1月26 日、掲載された。