ChatGPTなど生成ＡＩが次に狙う市場は医療・ヘルスケア領域だ。米・アマゾンは7月にAWS（アマゾン・ウェブ・サービス）の追加サービス「AWS HealthScribe（ヘルススクライブ）」を発表。医療ソフトウェアベンダーが患者と臨床医の会話を文書化、要約し、臨床記録を自動生成するアプリケーションの開発支援に動き出した。一方、創薬領域では、米・半導体大手エヌビディアは「BioNeMoサービス」という創薬向け生成ＡＩプラットフォームを今年3月に構築した。いずれのサービスともコストと時間、生産性改善に注目したものだ。医学論文コンテンツではエルゼビア社が8月に「Scopus AI」（関連記事）を開発、生成ＡＩの課題とされたニセ情報の最小化を図り、迅速に情報を収集・要約することで医療者の診療や科学者の研究を支援する。

2022年11月にChatGPTが公開されてからわずか1年弱、医療・ヘルスケア領域に従事する医療者や研究者、さらに製薬企業のすべてのサプライチェーンのビジネス変革に大きなインパクトを与えようとしている。

◎エヌビディア「BioNeMoサービス」　新たな分子構造の生成や予測などに活用

ボストンコンサルティンググループ（BCG）が7月13日に公開した「ヘルスケア領域における生成AI活用事例―医薬品開発、患者対応に高い期待」と題するレポートでは、ヘルスケア領域における生成ＡＩ市場は「2025年までに年平均成長率（CAGR）85％で拡大する見通し」と分析している。特に、注目したのが研究開発費の高騰とモダリティーの多様化で生産性の改善が求められている創薬分野への生成ＡＩの活用だ。冒頭で紹介したエヌビディアの「BioNeMoサービス」は、創薬向けの生成ＡＩプラットフォームを通じ、製薬の研究者がこれを新たな分子構造の生成や予測などに活用することで、時間とコストのかかる医薬品候補の開発を加速できるというもの。生成ＡＩモデルを使用して、タンパク質や生体分子の構造と機能を迅速に生成することを可能にする。さらにNVIDIA のクラウドAPIを利用することで、研究者は専門分野に特化した最先端の生成および予測型生体分子ＡＩモデルを迅速にカスタマイズし、スケールアップして展開することもできる。

一方、先述したBCGのレポートによると、香港に拠点を置くＡＩ創薬企業インシリコ・メディシンは、ＡＩでデータベースを解析して効率的に新薬候補を探し出し、候補物質の設計に生成ＡＩを活用することで、18か月、予算260万ドルで、FDA（米食品医薬品局）から新薬の認可を取得したとの実例を紹介している。また、治験報告書の制作を生成ＡＩが支援するサービスも提供され始めており、メディカルライターの業務時間を60％以上短縮できるという報告もあるようだ。

◎アマゾン「AWS HealthScribe」会話型AIと生成系AI組み合わせで記録作成負担を軽減

2024年4月から医師の働き方改革がスタートすることも相まって、医療機関のワークフローで生成ＡＩの活用を模索する動きも広がっている。「AWS HealthScribe」は、医療ソフトウェアベンダーが患者と臨床医の会話を文書化、要約し、臨床記録を自動生成するアプリケーションの開発を支援する HIPAA 適格サービス。「AWS HealthScribe」は、会話型ＡＩと生成系ＡＩを組み合わせることで、臨床記録作成の負担を軽減し、診察体験を向上させる。アマゾン社によると、「臨床医は、患者との対面より、管理作業に約2倍の時間を費やすことがある。患者へのケアの提供と、正確な記録を維持することとの間で葛藤が生じる。この負担は、臨床医と患者の両方に発生する」と指摘。「ＡＩが臨床医の管理業務や医療筆記の関与を大幅に減らすことで、臨床文書の作成プロセスを変革させる可能性を秘めている。生成系ＡＩと大規模言語モデル（LLM）の進歩により、コンテキストの理解が大幅に向上した」と強調した。

さらに医療者や研究者の業務についても、エルゼビア社の有する生成ＡＩと抄録・引用文献データベースScopus（スコーパス）を組み合わせた「Scopus AI」により、大量の学術論文や雑誌タイトルから複数の目的物を検索し、迅速に概要を表示させることで、さらなる研究方針や仮設検証に向けた時間を短縮化できるなど、研究面での生産性向上に役立つという訳だ。日進月歩する医学アカデミア界において、いかに時間やコストを適正化し、生産性を向上させるかで生成ＡＩを活用する時代が目前に迫っているといっても過言ではなさそうだ。