成績抜群の営業Kさんには、転職で年収を落としたくない理由があった。それは……。

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ネット事業A社で働くKさん（31歳）は、転職理由を問われると、悪びれる様子もなく言った。
「上司・経営との関係が悪く、修復は無理と悟りました」

入社3年目の25歳でトップセールスになって以来、常に成績はトップクラス。同期以下の社員に抜かれたことは一度もないというKさん。押しの強い性格は、社内に向けても変わることなく、直属の上司はおろか社長・役員と衝突することもまったく厭わなかった。

文句のつけようのない実績があるKさんは、A社内では多少のやり過ぎも許される特別な存在だった。しかし、それが仇となった。Kさんは、自分の言動に疑問を持つこともなく、同じ姿勢を5年間とり続けていたのだが、その間、彼の知らないところで不信感が積もり積もっていたのだ。
昨年、Kさんは昇進レースで思いがけなく同期に遅れをとることになり、そして今年、後輩にまで追い越され、ようやく上司・経営の自分に対する本当の評価を知ることになった。

転職活動に入ったKさん、歯に衣着せぬ物言いがゆえに、彼の評価は二極化の傾向があったが、いくつかの企業が彼に強い興味を示し、まずまず順調に進んでいた。だが、給与提示を見ると、Kさんは全ての企業の辞退を申し入れてきた。
「現在の給与以下で転職するつもりはない」というのだ。

Kさんの条件は明確だったが、これはなかなか難しい相談だった。KさんのA社での給与には営業でのインセンティブや、四半期毎の社内表彰の賞金などが加わり、営業としてはかなり高い水準になっていたのだ。

「Kさんの実力があれば、入社してからの給与アップは十分可能ではないでしょうか？入社時の年収に、強くこだわる必要はないのでは？」
「そうかもしれませんが、あまり大幅なダウンはやはり受け入れられませんね」
すると、Kさんは二つの理由で年収が落とせないのだと我々に説明をしてくれた。

ひとつは家族の事情。Kさんは父親と共同で、父親を早くに亡くした従兄弟の学資を援助していた。
そして、もうひとつ。Kさんには家族同様に絶対譲れないモノがあった。

Kさんは言った。
「22歳で初めて自分でクルマを買いました。それ以来、2年、遅くとも3年でクルマをグレードアップさせてきたんです。来年はちょうど買い換えのタイミング、そこで『前と同じレベルの車を買う』なんて、みっともなくてディーラーの人に言えません！」

最近は都会の若者を中心に、クルマ離れが進んでいると言われている。「公共交通機関があれば、クルマなんていらない」そう考える人たちにしてみれば、ディーラーに対する見栄など、バカバカしいことに思えるかもしれない。
しかし、Kさんにとっては、お気に入りのイタリア車に乗ることは生きがいであり、プライドなのだ。より高いグレードのクルマを買うことは、自分自身の成長の証、前に進んでいるという実感そのもの…。
Kさんの熱心な話しぶりを聞いて、我々はそう感じた。
「分かりました。では、もう少し年収にこだわって、頑張ってみましょう」
「よろしくお願いします」

精力的に転職活動を続けたKさんは、やがて外資系ネット金融サービスB社で、現給と同額のオファーをもらい、転職を果たした。
「これで来年、堂々と新しいクルマが買えますよ」
Kさんの満足げな様子に、我々はこう応じた。
「転職では、会社のグレード『社格』にこだわる人は多いのですが、Kさんはクルマの格、『車格』にこだわった転職でしたね」
「うまいことを言いますね！そのフレーズ、友人と話すときに使わせてもらいます」
電話の向こうで、Kさんの豪快な笑いが響いていた。