エージェントからの卒業
公開日時 2010/07/13 04:00
プライベートなことを話したがらなかったKさんだが、徐々にエージェントとの距離が近づいていき…
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転職者とエージェントの関係は、あまり他に例のない社会関係だろう。
基本は顧客と業者だが、サービスは無料であり、数か月にわたり連絡を取り合い、同じ目標を共有していくことになる。また、ビジネスがメインの話ながら、プライベートな事柄、例えば、趣味や家族の出身地などが、意志決定の決め手になることもあるので、かなり突っ込んだ個人的な話が出てくることも多い。
例として「掛かり付けのお医者さんのように」とか「顧問弁護士のように」とはいうが、若い人で掛かり付けの医者がいる人や、個人で顧問弁護士を持つ人など、そうはいない。どこまで話していいのか、話すべきでないのか、その距離感をつかみあぐねる人も多いように感じる。
食品営業Kさん(24歳)は、最初の面談で、履歴書に書かれてある内容の確認のため家族のことを聞かれると、「そんなことまで、お話しする必要がありますか?」と、不快感をあらわにした。
このとき、彼のなかでは、「転職エージェント」は事務作業をサポートしてくれる業者的な位置づけだったのだろう。我々としても、本人が話したくないことを、無理に探り出すつもりはない。
「失礼しました。では、この書類で登録を承りました」
と、話を切り替えたのだった。
多忙な現職に就きながら転職活動をしていたこと、まだまだキャリアが浅いことが重なって、Kさんの転職活動は長期戦となった。そんな中で日程調整など、Kさんは我々との連絡回数が増え、徐々に雑談をしたり、ちょっとしたことからKさんの私生活を垣間見る機会も増えていった。
人間、不思議なもので、大した話をしていなくても、毎日接していると心を許せるようになるものらしい。会ったのは初回の面談とセミナー会場の2度だけ、しかし、いつしかKさんは我々に、職務経歴書の一言一句、家から面接会場までの行き方、企業訪問時の受付の仕方、挨拶の言葉など転職活動に関することから、彼女とのデートプラン、結婚式のスピーチ、ゴルフコンペの景品などプライベートなことまで相談するようになっていった。
Kさんは食品専門商社A社の最終面接にのぞみ、内定・条件提示というところまでやってきた。内定が出る・出ないというタイミングになると、さらに相談は細かくなる。残業後のプライベートの過ごし方、通勤時間、ビル周辺のランチ街、彼女へのA社の説明方法などなど。いい加減我々も「社会人なんだから少しは考えなさい」と説教の1つでもしたくなっていた。
長時間の相談の末、ようやく懸念が払拭され、転職に至る準備がすべて整ったと確認できた時、彼は突然、思いがけないことを言った。
「エージェントさんは、ボクにとって社会人としての先生です」
一瞬なんと言って返したらいいのか分からずにいると、Kさんはそれから約10分間、彼にとってエージェントがどれだけ重要で頼りにしている存在であるかを、まくし立てるように喋った。
「そんな風に思っていただけるなんて。本当にありがとうございます。でもKさん、これからは1人で歩いていかないといけないんですよ。エージェントからは卒業です」
諭すように言うと、Kさんはハッとしたようにしばらく黙り込み、その後にぎこちない別れの挨拶をして電話を切った。次の日から、毎日のように来ていた彼からのメールは、事務的なモノに限定されるようになった。
A社への入社が決まった後、Kさんから連絡がくることはなかった。入社日の集合場所や時間、交通経路、新居探しは大丈夫だろうかと心配していた。
しかし、そんな心配をよそに、入社後A社の人事担当者から嬉しい声が届いた。
「Kさんよくやってますよ。面接のときは、幼げで心配していたけど、入社後はしっかり考えながら働いてます。まだまだ私も面接官として見る目がないですね」
このような言い方は大変失礼だが、非常に手のかかる若者だっただけに、巣立つひな鳥を遠くから見守る母鳥のような気分になる我々だった。
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