上司と相性が悪かったKさんは、上司以外の人にリファレンス（推薦状）を依頼した。

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商社A社の総合職Kさん（27歳）は、転職したい理由はいろいろあると我々に言った。
「何をするのもマニュアル通り。新しいことをするどころか、新しいことを提案するのに稟議が要る」
「英語力を活かせる仕事がしたいと思って商社に就職したのに、あまり使う機会がない」
だが、彼の本心が「上司が嫌い」に尽きるのは、面談の様子から明らかだった。

「やることなすこと頭から否定。そのくせ、私の考えた企画を自分のモノとして発表したんですよ。そんなのドラマとかのなかだけと思ってましたよ。しかも、プロジェクトがうまく回りだしてから、言い訳のつもりか『あの企画を実現するには俺から発表するしかなかったんだ』って。あの上司だけはホント、あり得ませんから」
他のことでは言葉使いも丁寧なKさんだったが、上司のこととなると、我を忘れて非難の言葉を連発していたのだ。

Kさんの転職の最大のモチベーションは今の上司から離れること。そして、その上司を見返すような会社に転職すること。動機は実にネガティブだが、ときに負のパワーはポジティブなエネルギーを凌駕するもの。Kさんは転職活動を人並み以上の意気込みですすめ、ほどなく外資系メーカーB社で良い評価を得た。

だが、ここでひとつ問題が。最終面接前に、外資系でしばしば求められる、文書でのリファレンスレター（推薦状）が必要になったのだ。
辞める決意は固めていたので、A社でリファレンスを取ることに抵抗はなかったKさんだが、嫌いな上司に頼み事はしたくなかった。そこで、もうひとつ上のポジションにいる統括部長と部署の先輩から推薦状を送ってもらうことに…。

リファレンスレターの提出、最終面接を無事に終え、Kさんは晴れてB社に転職することになった。給与は今後の働きぶりしだいで上がるか下がるか分からないが、仕事内容・会社のステータスなどは希望に合致しており、十分な内容の転職だ。
入社から1ヶ月、Kさんは導入研修を終え、やる気満々で新しい仕事に取り組もうとしていた。そのとき、彼は人事から思わぬ事実を聞いた。送られてきた推薦状が3通あったというのだ。

「どれも立派な推薦文でしたが、特に直属の上司のコメントは、これ以上ないほど素晴らしいものでした。採用の決め手と言えるかも知れない」
Kさんは人事に頼み込んで、その推薦状を特別に見せてもらった。

『4年間彼と職場をともにして、職務遂行を疑ったことは一度もない。仕事完遂までの粘り強さには、驚くべきものがある』
『決断を伴う仕事を行うための精神的準備ができている。A社におさまらず、国際的に活躍できる潜在能力を常に感じていた』
『環境が整えば、彼を再び雇用して自分のチームに加えたい』
『もし、なにか彼の採用に疑義はあるなら、ぜひ私に直接問い合わせて欲しい。どんな事柄でも、御社の満足のいく返答ができる自信がある』
そこに書かれてあったのは、最大級の賛辞の連続だった。

Kさんは未だにこの推薦状が信じられないらしく、「きっと私の企画を盗んだから、後ろめたくてこんなことを書いたんでしょう」と言っている。
だが、もし上司が言っていたように本当に実現可能のためなのだとしたら？厳しく当たっていたのは、彼の実力をさらに伸ばしたいがためのものだったとしたら？推薦文にあったように、B社への転職を心から応援していたとしたら？

我々はKさんに「嫌いなら嫌いで、貸しを作ったまま去るのはイヤでしょう？お礼のメールくらい入れておいた方がいいのでは？」と勧めている。
会社というワクを越えて、自分のキャリアを応援してくれる人物。それはそう簡単に得られる存在ではないのだから。