フォーミュラリに関する研究と教育を推進する学術団体「一般社団法人日本フォーミュラリ学会」が発足した。フォーミュラリが2022年度診療報酬改定の焦点となることも想定されるなかで、学会では、フォーミュラリの研究や実践、人材育成などの振興を図り、地域での標準的な薬物治療の推進をサポートしたい考え。理事長に就任した今井博久氏(東京大大学院医学系研究科特任教授)は本誌インタビューに応じ、「地域医療において、最良で最新の薬物治療の実施のために会員相互で有益な情報と知識を供給し、研究と実践の振興を図ることで、すべての国民の医療の質、健康の向上に寄与したい」と意欲をみせた。10月23日に学会の設⽴記念シンポジウムを開催する予定。
2022年度診療報酬改定の焦点の一つとしてフォーミュラリが再び注目を集めている。「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太方針)に、後発品使用のさらなる使用促進を図るための検討事項として、「フォーミュラリの活用」が明記されたためだ。
フォーミュラリは2020年度改定の議論においても、注目を集めた。骨太方針2019に、「高齢者への多剤投与対策、生活習慣病治療薬の費用面も含めた適正な処方の在り方」として検討されることが明記。厚労省は特定機能病院での「使用ガイド付きの医薬品集」(フォーミュラリ)の評価や、生活習慣病管理指導料での投薬内容や医薬品の説明についての要件化などを中医協で議論の俎上にあげた。しかし、日本医師会の委員など診療側から強い反対意見が示され、導入が見送られた経緯がある。
◎地域フォーミュラリで 最適な薬物治療を推進
今井理事長が提案するのは、“地域フォーミュラリ”の導入で、地域全体で最適な薬物治療を推進することだ。中医協で病院フォーミュラリが議論されたこともあり、“フォーミュラリ”と聞いて病院内で、安価な医薬品の処方を推進することをイメージする方も多いのではないか。今井理事長は、こうした考えを「誤解」だと指摘する。
今井理事長は2020年度の厚生労働科学特別研究事業の指定研究としてフォーミュラリ実施の方法論開発の研究班の代表を務めている。このなかで、「地域フォーミュラリの実施ガイドライン(試案)」の策定に向けた検討を進めてきた。このガイドラインは、地域単位でフォーミュラリを作成し、その取り組みを運営、評価を実施する際の適切な方法を提示することを目的としている。
大学病院など一部病院では、単独で採用医薬品の管理や経済的コストの適正化を目的として「院内フォーミュラリ」を先行的に導入する動きもあるが、今井理事長の考えはあくまで、“地域”と“患者”に軸を置く。このため、フォーミュラリの理念も、「該当する地域医療全体で、最新で最良の科学的なエビデンスにしたがって、医学的妥当性や医療経済性などを踏まえて標準的な薬物治療を実施し、治療を受ける患者のアウトカムを最良水準にする」ことを掲げる。
今井理事長はまた、「研究班で実態調査を実施したところ、病院単独でのフォーミュラリは地域の診療所や他の病院への普及はほとんどない。地域の診療所医師も否定的な考えを抱いていることもわかった」と話し、あくまで“地域”でのフォーミュラリ推進が重要と主張する。
地域医療の現場に目を向けると、ポリファーマシー解消や医薬品の適正使用推進の観点から、医師、薬剤師の連携など、多職種連携の重要性が指摘されている。一方で、診療所と病院の連携は依然として必ずしも十分とは言えず、入院すると処方薬が変わることなども指摘されてきた。日常診療で忙しい医師にとって、専門外の最新の知識を常にアップデートすることも容易ではない。
一方で、標準的な薬物治療推進に向けた薬局薬剤師の関与もないのが実状だ。今井理事長は、「残念ながら、地域医療で適切な薬物治療が十分に行われていない」と指摘し、こうし
た課題を解決するための手段として、フォーミュラリの有用性を強調した。
◎製薬企業の評価も実施 評価項目は「安定供給、品質、価格」
ただ、フォーミュラリ推進には様々な壁も立ちはだかっている。よく指摘されるのが、200床以下の中小病院などでは、マンパワーなどが十分に割けず、フォーミュラリの策定自体が困難であることだ。今井理事長らは研究班で、降圧薬など生活習慣病治療薬を中心に約20種類の“モデルフォーミュラリ”の策定を進めている。
モデルフォーミュラリの策定に当たっては、製薬企業の評価も行った。評価基準の主な項目は、安定供給、品質、価格だ。今井理事長は、「地域フォーミュラリは地域から信託を受けた存在になるため、安定供給や品質が大切だ」と説明する。特に、安定供給では、原薬のソース(調達先)の数(国名の開示)、製造が自社工場か否か、地域シェア、物流センターの数、メーカー在庫の月数などを評価する。品質面では、原薬の査察や適応相違、AGか否かなども調査した。自主回収が相次ぐなかで、フォーミュラリが医薬品安定確保の一助となることにも期待を寄せる。「フォーミュラリは有効性、安全性の観点から使用する医薬品が検討され、さらに経済性の観点も含めて総合的に評価された医薬品集だ。最も安価な医薬品が必ずしも採用されているわけではない」とも今井理事長は語ってくれた。
◎地域の実情を加味した議論の土壌が整う
研究班の報告書は7月以降に公表される見通しだ。今井理事長は、「これはパブリック・ドメインだ。地域では、モデルフォーミュラリをアレンジして採用すればいい」と話す。モデルフォーミュラリが策定されることで、これまで行われてきた企業評価などに時間を割く必要がなくなる。モデルフォーミュラリをベースに、地域の実状に合わせ、医薬品の適正使用に向けた議論に専念することができる。
議論は、行政が旗振り役となり、中核病院の医師や開業医(地域医師会)と、薬剤師(地域薬剤師会)が連携し、保険者を交えることが有効との考えだ。一つの方策として、38都道府県が現在設置している「後発品使用促進協議会」の枠組みを議論の場に活用することも提案する。学会は、地域フォーミュラリの作成やサポートを求める会員への支援や助言を行うことで、スムーズな導入を後押ししたい考えだ。
フォーミュラリにより医師の処方権が狭められるのでは、との指摘もあるが、今井理事長は、「自由に処方できることに変化はない」と強調する。フォーミュラリがあくまで、推奨される医薬品のリストであるためだ。現在は薬局で実際に調剤されている医薬品(銘柄)が医師側からは把握できないが、フォーミュラリ策定後は、薬局でフォーミュラリの推奨医薬品が調剤されることが事前に決められる。医師、薬剤師ともに安心して医薬品の使用ができると強調する。今井理事長は2002年以降、後発品の使用促進が進んできた現状を引き合いに、「フォーミュラリの浸透は標準的な薬物利用の実施、地域包括ケアシステムの構築につながり、患者アウトカムに貢献する」と急速な浸透に自信をみせた。
発足した日本フォーミュラリ学会は、今井理事長に加え、副理事長に就任した島貫隆夫氏(日本海総合病院病院長)、近藤太郎氏(近藤医院院長)、小池博文氏(横浜市立大附属病院薬剤部副薬剤部長)、監事の栗谷義樹氏(地域医療連携推進法人日本海ヘルスケアネット代表理事)の4人が発起人となっている。