遺伝子多型に基づいたワルファリンの用量調整 有用性は2試験で相反する結果に
公開日時 2014/01/10 00:00
「COAG」「EU-PACT」2試験の結果から
ワルファリンは高い有効性が報告されている一方で、有効性に個人差が大きいことが知られている。実際、1日の投与量は0.5~20mgまで幅があることも指摘されており、脳卒中予防に際し、個人に合わせた用量調整が重要視されている。この個人差の原因として、ワルファリンが抗凝固作用を発揮する際に阻害する“VKORC1”と、ワルファリンを分解する酵素である“CYP2C9”の遺伝子多型があることが知られている。患者の遺伝子多型に応じた用量を選択する、いわゆる個別化医療を実現することで、治療成績が向上することにも期待がかかる。この臨床的課題を検討した、臨床試験「COAG(Clarification of Optimal Anticoagulation through Genetics)」と、「EU-PACT(EU Pharmacogenetics of Anticoagulant Therapy)」では相反する結果が報告され、注目を集めた。
COAG
臨床検査値のみでの用量調整とTTRに有意差認められず
COAG試験の結果からは、遺伝子多型の情報を加味したワルファリンの用量調節は、投与開始から4週間後の抗凝固療法のコントロール状況が改善に寄与しないことが示された。
同試験は、1か月以上の治療が予定されているワルファリン未治療の患者を対象に、遺伝子多型による用量調整の有用性を検証した多施設二重盲検下ランダム化比較試験。
米国18施設から登録された1015例を、①臨床検査値+遺伝子多型に関連する情報で用量設定(以下、遺伝子ガイド群)514例②臨床検査値のみで用量設定(以下、臨床ガイド群)501例―の2群に分け、比較した。遺伝子ガイド群では、投与開始初日に遺伝子多型に関する情報が得られない場合は、臨床検査値から用量設定を行うこととした。主要評価項目は、28日後のプロトロンビン時間国際標準比(INR)の至適範囲を2~3とした際のINR至適範囲内時間(TTR)。
患者背景は、年齢が遺伝子ガイド群59歳、臨床ガイド群57歳、女性が47%、51%、アフリカ系アメリカ人が27%、27%、糖尿病が23%、24%、脳卒中の既往が7%、6%で、両群間に大きな差は認められなかった。
ワルファリンの投与については、初回投与時に入院が68%、66%、ワルファリンの適応については、両群ともに深部静脈血栓症(DVT)/肺血栓塞栓症(PE)のいずれかが最も多く56%、60%、心房細動/心房粗動のいずれかが23%、21%、複数が10%、8%だった。遺伝子多型のデータについては、初回投与の前に得たのが45%で、3回目の投与までには99%が得ていた。
その結果、主要評価項目のTTRは遺伝子ガイド群で45.2%、臨床ガイド群45.4%で有意差は認められなかった(調整平均差:-0.2%、95%CI:-3.4-3.1、p=0.91)。ワルファリンの投与量1mg/日以上、未満に分けて解析しても同様に有意差は認められなかった(p=0.67、0.81)。
|
AHAで11月19日に開かれたLate-breaking Clinical TrialsセッションでCOAGの結果を発表するStephen E.Kimmel氏 |
事前に特定されたサブグループ解析では、人種差のみで有意差が認められ、一般的にワルファリンの効きづらいとされるアフリカ系アメリカ人ではTTRが遺伝子ガイド群35.2%、臨床ガイド群43.5%で、臨床検査値のみで用量を決めた群で有意に良好なTTRが得られる結果となった(p=0.01)。
有害事象は、INR≥4+大出血+血栓塞栓症が遺伝子ガイド群20%(105例)、臨床ガイド群21%(103例)で、両群間に有意差は認められなかった(p=0.93)。
結果を報告したStephen E.Kimmel氏は、「薬理遺伝学的に基づいた用量設定は、用量の違いなど予測されたベネフィットをもたらさなかった」と結論付けた。
EU-PACT
TTR、至適INRまでの到達時間、用量調整の回数など有意に良好に
これに対し、EU-PACT試験では、遺伝子多型に基づいた用量調整の有用性が示されている。試験は、心房細動または静脈血栓塞栓症(VTE:DVTとPE)患者において、遺伝子多型に基づいた用量設定が標準療法に比べ、投与開始から3か月間で優越性を示せるか検討した非盲検下ランダム化比較試験。イギリス、スウェーデンの2か国、5施設で実施された。
対象は、ワルファリン未治療の心房細動またはVTE患者455例で、①遺伝子多型に基づき用量設定を実施(以下、遺伝子ガイド群)227例②標準療法群228例―に分け、比較した。主要評価項目は、12週間後のINR2~3を至適範囲とした際のTTR。なお、CYP2C9とVKORC1の遺伝子検査については、試験登録から2時間以内に実施することとした。
|
EU-PACTの結果を報告するMunir Primohamed氏 |
患者背景は、平均年齢が67.3歳(遺伝子ガイド群:67.8歳、標準療法群:66.9歳)、男性が61.0%(64.2%、57.9%)、白人が98.5%(98.2%、98.7%)、心房細動患者が72.1%(72.2%、71.9%)だった。VTE患者では、最低5日間ヘパリンを投与されていた。
その結果、主要評価項目の12週間後のTTRは、遺伝子ガイド群67.4%、標準療法群60.3%、調整差は7%で、有意に遺伝子ガイド群が良好な結果となった(p<0.001)。投与開始からの期間により、TTRの割合をみると、投与開始1~4週間、5~8週間では遺伝子ガイド群で有意に良好な結果となった(いずれも、p<0.001)。一方で、投与開始9~12週では両群間に差は認められなかった(p=0.607)。
副次評価項目の至適範囲のINRに到達するまでの時間(中央値)は遺伝子ガイド群21(8-36)日、標準療法群29(14-58)日で、遺伝子ガイド群で有意に早期に達した(ハザード比(HR):1.43、95%CI:1.17-1.76、p<0.001)。投与量が定量に達するまでの時間も、遺伝子ガイド群44(35-70)日、標準療法群59(41-86)日で、有意に遺伝子ガイド群で短時間だった(HR:1.40、95%CI:1.12-1.74、p=0.003)。
INR≥4.0は、遺伝子ガイド群27.0%(57例)、標準療法群36.6%(79例)で、過治療のリスクも遺伝子ガイド群で有意に低かった(p=0.03)。また、用量調整も4.9回、5.4回で、有意に遺伝子ガイド群で少ない結果となった(HR:0.91、95%CI:0.83-0.99、p=0.02)。
一方、安全性についても、出血は遺伝子ガイド群37.0%(78例)、標準療法群38.0%(82例)で有意差は認められなかった(p=0.87)。大出血は両群間に発生しなかった。
|
Discussantとして登壇したPatrick T.Ellinor氏 |
結果を報告したMunir Primohamed氏は、「薬理遺伝学的に基づいた用量調整は高いTTRと関連している」との見解を示した。
TTRの違いは試験期間の違いが影響
2試験のDiscussantとして登壇したMassachusetts General HospitalのPatrick T.Ellinor氏は、両試験の試験デザインやINRなどの違いに言及。「アフリカ系アメリカ人であっても、遺伝子データだけで投与量を決めるべきではない」との考えを示し「ワルファリンの投与開始に際しては、臨床的なアルゴリズムを使うべきだ」との考えを示した。
TTRの違いについて、EU-PACTの結果を報告したMunir Primohamed氏は試験期間の違いが理由と説明。「4週時点での結果は2試験で似通っている」とした。今後の課題としては、イギリスで費用対効果が重要視されていることから、費用対効果についての分析が必要との考えを示した。
表 COAG,EU-PACTの試験デザイン、主要評価項目など
|
COAG |
EU-PACT |
試験デザイン |
二重盲検下比較試験 |
単盲検比較試験 |
ワルファリンの投与開始時の用量設定 |
臨床検査値(臨床ガイド群)vs臨床検査値+遺伝子多型(遺伝子ガイド群) |
標準療法vs臨床検査値+遺伝子多型(遺伝子ガイド群) |
追跡期間 |
4週間 |
12週間 |
症例数 |
995例 |
455例 |
遺伝子検査 |
初回投与より前に45%、3回目の投与前までに99%実施 |
早期のPoint Of Care(POC)として実施 |
TTRの割合 |
遺伝子ガイド群:45.2%
臨床ガイド群:45.4%
p=0.91 |
遺伝子ガイド群:67.4%
標準療法群:60.3%
p<0.0001 |