新規抗凝固薬 薬剤の特徴を探る (1/2)
公開日時 2014/01/10 00:00
臨床第3相試験、メタ解析の結果を読む
開発が進められてきた第Ⅹa因子阻害薬・エドキサバンの臨床第3相試験「 ENGAGE AF TIMI-48」の結果が明らかになり、新規抗凝固薬・4剤の臨床第3相試験の結果が出揃った。ワルファリンは有効性が高い一方で、薬物相互作用や用量調整の難しさなどが指摘されており、臨床現場では投与法が簡便になる新規抗凝固薬の登場が待たれていた。それに加え、臨床試験の結果からは、いずれの薬剤も有効性・安全性ともにワルファリンへの非劣性を示した。さらには、新規抗凝固薬とワルファリンを比較したメタ解析では、新規抗凝固薬で良好なリスク・ベネフィットを示したことも報告されている。臨床試験から見える4剤の特徴と今後の市場動向を探った。(望月 英梨)
新規抗凝固療法の臨床第3相試験は、2009年8月に欧州心臓病学会(ESC)で、直接トロンビン阻害薬・ダビガトラン エテキシラートの有効性・安全性を検討した「RE-LY」が報告されたのを皮切りに、リバーロキサバンの「ROCKET AF」、アピキサバンの「ARISTOTLE」、そしてエドキサバンの「ENGAGE AF TIMI-48」が報告されている。いすれの試験も主要評価項目である、脳卒中+全身性塞栓症の発生抑制効果において、ワルファリンへの非劣性を示している。
虚血性脳卒中抑制示したダビガトラン
全死亡抑制示したアピキサバン
各試験はそれぞれ別に実施されているため、比較することは難しい。ここで、各臨床試験の評価項目や患者背景をみてみたい。主要評価項目については、いずれの薬剤も、非劣性は示したものの、ワルファリンへの優越性を有意に示したのがダビガトラン、アピキサバンの2剤だ。副次評価項目については、虚血性脳卒中の発生率を有意に抑制した唯一の薬剤がダビガトランの高用量(150mg1日2回)。全死亡の有意な抑制を示したのはアピキサバンのみだ。
脳卒中予防の観点からみると、新規抗凝固薬の有用性は、出血性脳卒中の発生抑制効果によるところが大きい。
一方で、虚血性脳卒中の発生率は有意差に認められないものの、ダビガトラン低用量(110mg1日2回)、エドキサバン低用量(30mg1日1回)でワルファリンを上回る発生率となった。また、心筋梗塞の発生率増加がダビガトランなどで認められている。
一方、安全性については出血に関しては、アピキサバンで大出血、大出血+臨床上重大な出血、頭蓋内出血などすべての項目でワルファリンを有意に下回った。ただ、ダビガトラン高用量、リバーロキサバンではいずれも胃腸出血の有意な増加も認められている。
一般的に、脳卒中/全身性塞栓症発症抑制効果などの“ベネフィット”と、出血という“リスク”は裏腹の関係にあり、天秤のようにバランスをとっているとされる。この鍵を握るのが用量設定だ。例えば、出血リスクが低い安全な用量であれば、逆に脳卒中/全身性塞栓症発症抑制効果が期待するほど得られないケースもあるというわけだ。
各薬剤で減量基準が異なる点も注目される(表)。ダビガトランはクレアチニンクリアランス(CCr)<30mL/minが除外基準とされているものの、減量基準は特に設定されていない。これに対し、リバーロキサバンは腎機能低下例、アピキサバンでは、腎機能低下例、高齢者、低体重、エドキサバンでは腎機能低下例、低体重、併用薬により、減量することとした。
高齢者や腎機能低下例、低体重は出血リスクと関連することが知られている。日本人では出血リスクが高いことも指摘されているが、人種差よりも日本人の高齢者に低体重が多いことも原因として挙げられている。
患者背景の違いも試験結果を読む際に重要なポイントだ。ワルファリンのコントロール状況を示すINR至適範囲内時間(TTR)は、最も高率のエドキサバン(ENGAGE AF TIMI-48)で68.4%なのに対し、リバーロキサバン(ROCKET AF)の58%とは開きがみられる。一般に、TTRが高率で、ワルファリンのコントロール状況が良好であれば、対照薬であるワルファリン群のイベントが低下し、その分被験薬の有効性を示すことが難しくなることも指摘されている。また、脳卒中発症リスクを表したCHADS2スコアにも違いがみられる。リバーロキサバンでは平均スコアが3.5と他の臨床試験よりも高く、すでに脳卒中の既往がある患者も55%と半数以上を占めている。
表 各薬剤の臨床第3相試験の試験デザインと患者背景
薬剤名 |
ダビガトラン |
リバーロキサバン |
アピキサバン |
エドキサバン |
試験名 |
RE-LY |
ROCKET AF |
ARISTOTLE
※ビタミンKアスピリンを対照薬としたAVERROES試験も実施 |
ENGAGE AF |
試験デザイン |
PROBE法 |
二重盲検下、ダブルダミー |
二重盲検下 |
二重盲検下、ダブルダミー |
症例数 |
18,113例 |
14,264例 |
18,201例
(AVERROES試験は5,599例) |
21,105例 |
日本人症例数 |
326例 |
日本人に最適な用量として、ROCKET AF(20mg)より減量した15mgの有効性・安全性を検討した「J-ROCKET AF」を実施。1280例。 |
336例 |
1010例 |
用量 |
150mg1日2回(高用量)
110mg1日2回(低用量) |
20mg1日1回
※日本人対象のJ-ROCKET AFでは15mg1日1回 |
5mg1日2回 |
60mg1日1回(高用量)
30mg1日1回(低用量) |
追跡期間 |
2.0年間(中央値) |
707日(中央値) |
1.8年間(中央値) |
2.8年間(中央値) |
減量基準 |
特になし(ただし、CCr<30ml/minでは登録から除外) |
腎機能低下例(CCr:30~49mL/min)で15mg/日投与(J-ROCKETでは10mg/日) |
▽80歳以上、▽体重60kg以下、▽腎機能低下例(血清クレアチニン値≥1.5mg/dL(133μmol/L))――のうち、2項目以上該当症例で、2.5mg1日2回 |
▽腎機能低下例(CCr:30~50ml/min)、▽体重60kg以下、▽P-糖蛋白質阻害薬(ベラパミル、キニジン)の併用―のいずれかに該当した場合は60mg→30mg、30mg→15mg |
脳卒中の既往 |
20% |
55% |
19% |
28% |
高血圧 |
79% |
91% |
87% |
94% |
心不全 |
32% |
62% |
36% |
57% |
糖尿病 |
23% |
39% |
25% |
36% |
CHADS2スコア |
2.1 |
3.5 |
2.1 |
2.8 |
(試験の登録基準) |
1以上 |
2以上 |
1以上 |
2以上 |
TTR(中央値) |
66%(平均値:64%) |
58%(平均値:55%) |
66%(平均値:62%) |
68.4% |
メタ解析 新規抗凝固薬の有用性示す TTRの影響も示唆
12月4日付でLANCET Online版に掲載された、4剤の新規抗凝固薬とワルファリンとの有効性・安全性を比較したメタ解析では、新規抗凝固薬を投与された4万2411例、ワルファリンを投与された2万9272例に分け、治療効果を比較した。
その結果、新規抗凝固薬群では脳卒中+全身性塞栓症の発生率をワルファリンに比べ、有意に19%抑制することが分かった(p<0.0001)。薬剤別にみ ると、ダビガトラン(p=0.0001)、アピキサバン(p=0.012)で有意差を示し、エドキサバン(p=0.10)、リバーロキサバン (p=0.12)といずれも、ワルファリン群よりも良好な結果となった。
このベネフィットとして最も大きな寄与を示しているのが出血性脳卒中で、ワルファリンに比べ、有意に51%のリスク低下がみられた(p<0.0001)。そのほか、全死亡を10%(p=0.0003)、頭蓋内出血を52%(p<0.0001)有意に抑制した。
一方で、大出血はワルファリン群に比べ、14%の減少がみられた(p=0.06)。アピキサバン(p<0.0001)、エドキサバン(p=0.0002) で有意差を示したほか、ダビガトラン(p=0.34)で有意に低下する結果となった。リバーロキサバンはワルファリン群よりも3%高率となった (p=0.72)。そのほか、胃腸出血は新規抗凝固薬群で有意な増加が認められた(p=0.04)。
サブグループ解析では、TTRの治療成績への影響も指摘され、TTR66%未満では66%以上と比べ、新規抗凝固薬群で有意に良好なことも報告されている(p=0.022)。
一方で、これらはあくまで臨床第3相試験の結果であり、各薬剤をめぐっては“real world”のエビデンス構築も進む(囲み参照)。日本人対象の特定使用成績調査などを通じたエビデンスの構築も進む。今後、これらのエビデンスを踏まえ た、各薬剤のプロファイルを踏まえた最適な薬物療法のストラテジー構築にも期待がかかる。
米国市場 シェアトップはリバーロキサバン
では、マーケットに目を向けてみたい。2012年度(1~12月)のダビガトラン(ベーリンガーインゲルハイム、日本製品名:プラザキサ)の売上は 全世界で約11億ユーロ。2013年第三四半期(7~9月)のリバーロキサバン(製品名:イグザレルト)の売上は、米国(ジョンソン・エンド・ジョンソン (J&J))で2億4600万ドル、米国を除く海外では2億5900万ドル(J&Jからのロイヤリティー含む)で、リバーロキサバンは最 もシェアの高い抗凝固薬となっている。
一概に比較はできないが、リバーロキサバンは、非弁膜症性心房細動における脳卒中/全身性塞栓症の発生抑制に加え、静脈血栓塞栓症(VTE)や急性冠症候群(ACS)など広い適応を取得、開発を進めている(表2参照)。
2013年12月9日付のPink Sheetによると、米国における新規抗凝固薬のシェアトップはリバーロキサバン(製品名:Xarelto)の37.4%(IMS NPA Weeklyデータ、11月22日)。ワルファリンの49.6%には届かないが、アピキサバン(製品名:Eliquis、日本製品名:エリキュース)は 8.4%、ダビガトランは4.6%となっている。
診療科別では、循環器科ではリバーロキサバンが37.6%でトップ。ワルファリン28.8%、アピキサバン24.9%、ダビガトラン9.0%となった。こ れに対し、プライマリケアではワルファリン55.2%、リバーロキサバン34.7%、アピキサバン5.3%、ダビガトラン4.8%。循環器科ではアピキサ バン、プライマリケアではワルファリンのシェアの高さがうかがえる。
薬剤プロファイルや臨床試験結果から有効性の高さが指摘されているアピキサバンは循環器科でのシェアが高いとみられる。一方で、米国では、コストの観念が重要視されるため、新規抗凝固薬の中でリバーロキサバンの薬価が最も安く、この影響も少なくないという。
翻って日本国内をみれば、その有効性の高さやこれまで培われた経験からワルファリンが処方では市場シェアを大きく占めている。ただ、2014年は大きく市 場が変化することも予想される。2月に見込まれるアピキサバンの長期処方の解禁される見込み。エドキサバンも早ければ臨床現場の年内中の登場も見込まれ る。臨床現場でのエビデンスとともに、今後の市場動向も注目される。
11月19日に開かれたLate-breaking Clinial Trialsで発表された「ENGAGE AF TIMI-48」のDiscassantとして登壇したBoston University School of MedicineのElaine M.Hylek氏。
エドキサバン低用量(30mg群)では虚血性脳卒中の発生がワルファリン群に比べ、約40%多いことを指摘し、「エドキサバン30mgは、虚血性脳卒中の発生抑制効果を欠く」と指摘した上で、高用量の有効性を強調した。
表2 各薬剤の承認・開発状況
適応症 |
|
ダビガトラン |
リバーロキサバン |
アピキサバン |
エドキサバン |
非弁膜症性心房細動患者における脳卒中・全身性塞栓症の発症抑制 |
日本 |
2011年1月承認 3月発売 |
2012年1月承認 4月発売 |
2012年12月承認 2013年2月発売 |
申請中(2013年12月) |
米国 |
2010年10月19日承認 |
2011年11月4日承認 |
2012年12月承認 |
申請予定(2013年度中) |
欧州 |
2011年8月4日承認 |
2011年12月9日承認 |
2012年11月承認 |
急性冠症候群(ACS)患者における心血管イベントの抑制 |
日本 |
|
臨床第3相試験実施中 |
開発中止(APPRAISE-2、出血リスク増加のため、2010年11月) |
検討中 |
米国 |
承認申請中 |
|
欧州 |
承認(2013年5月24日付で発表) |
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★日本人400例を含む国際共同臨床試験として、「ATLAS ACS2-TIMI51」を実施 |
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冠動脈疾患又は末梢動脈疾患患者における
心血管イベントの抑制 |
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国内、海外ともに臨床第3相試験実施中 |
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整形外科領域のVTE発症抑制 |
日本 |
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2011年7月発売(下肢整形外科手術(膝関節全置換術、股関節全置換術、股関節骨折手術)施行患者) |
米国 |
|
承認(股関節・膝関節置換術施行患者2008年10月1日付で発表) |
申請中 |
|
欧州 |
承認(股関節・膝関節置換術施行患者)
2008年3月承認 |
承認(股関節・膝関節置換術施行患者)
2011年7月1日承認 |
2011年5月承認 |
|
VTE(DVT,PE)の治療および再発抑制 |
日本 |
未定 |
臨床第3相試験実施中 |
臨床第3相試験実施中 |
申請中(2013年12月) |
米国 |
申請中
2013年8月にsNDA(医薬品承認事項変更申請)の審査処理を受理 |
2012年11月2日承認 |
申請中
2013年12月にsNDA(医薬品承認事項変更申請)の審査処理を受理 |
申請予定(2013年度中) |
欧州 |
申請中(2013年6月) |
◦DVT治療およびDVT/PE再発抑制(2011年12月19日付で発表)
◦PE治療およびDVT・PE再発抑制(2012年11月20日付で発表) |
申請中 |
申請予定(2013年度中) |
VTEの治療、再発抑制をめぐっては各社で開発戦略も分かれる。リバーロキサバンが深部静脈血栓症(DVT)、肺塞栓症(PE)など疾患に分けて臨床試験「EINSTEIN-DVT」、「EINSTEIN-PE」、「EINSTEIN-Extension」をEINSTEINプログラムとしてを実施した。これに対し、ダビガトランは「RECOVER」「RECOVERⅡ」、アピキサバンは「AMPIFY」、エドキサバンは「HOKUSAI-VTE」で、DVT,PE患者を対象にした臨床試験を実施している。
リバーロキサバンをめぐっては、VTEをめぐり、急性内科疾患で入院し、少なくとも1日以上安静臥床状態(寝たきり)が続いた患者(=mediacal ill)8101例を対象に有効性・安全性を検証した国際共同臨床第3相試験「MAGELLAN」を実施。VTEの発症抑制は示したものの、出血リスクが増加したことが報告されている。日本でも臨床試験が実施されていたが、現在は同社が優先的に投資するパイプラインには掲載されていない。同様に、VTEの予防についても国内でも臨床試験が進められていたが、現在はパイプライン上には掲載されていない。
一方、エドキサバンについても、整形外科領域におけるVTEの発生抑制効果については海外では臨床試験を実施する予定はないとしている。