お嬢様育ちのOさんは、面接で志望動機を熱心に伝えるのだが、企業は彼女の採用をためらっていた。


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ネットの情報に頭を悩ませている企業は多い。
ある日、突然、誰とも分からぬ人物の言葉に尾ひれがついて、いつしかとんでもない噂話となっていく。一度ブラック企業のレッテルがつくと、それを拭うのは簡単なことではない。

我々も普段の仕事のなかで、「この会社、ネットで評判が悪いんですが実際どうなんですか？」という質問を受けることがある。多くは確認のとりようのないことであったり、針小棒大であったりで、ネットの情報はあまりアテにならないと感じているのだが、最近、意外な形でこれが役立つことがあった。

元大手メーカーA社の総合職Oさん（27歳）は、クールビューティーな容姿とは対称的に、超がつくほどおっとりした性格の女性だった。
少しつっこんで話を聞けば、かなりのお嬢様。なるほど、通りで大らかなわけだと合点がいったのだが、転職理由は「結婚が決まったので、転勤続きのA社を続けることが出来なくなったため」というから、もともとの性格に、婚約した幸福感が加わって、余計にホンワカした雰囲気が漂っていたのかもしれない。

「規模や年収にはこだわりませんので、働きやすさとやりがいで会社を探そうと思います」
Oさんは焦らずじっくり良い会社を探そうというスタンスだったが、紹介したなかに、ひとつ、とくに惹きつけられた企業があった。育児支援サービスのB社だ。
「子供のころ、保育士に憧れていたこともあったんです。育児に関わる仕事に携わることが出来たら、本当に嬉しい」

このOさんの熱意は面接でも表れたようで、一次面接後のB社の反応は上々だった。
「真面目で素直な彼女の性格には好印象を持っています。管理部門の仕事に加えて、宣伝広報も担当してもらえないかと思っているんですよ」
と、採用に前向きな手応えが感じられた。

Oさんは気をよくして、役員との二次面接ではよりいっそう自分の意欲を熱心に説明したのだが、今度は一転、B社からとまどいの声が聞こえてきた。
「Oさんは本当に真っ直ぐな人ですね。B社のことも、とにかく好意的に思ってくれていて有り難いのですが、彼女は良い人すぎるようにも感じているんです」
「良い人すぎるというのは？」
「基礎能力の高い方ですから、B社の仕事で満足できるかということもありますし、何より性格が明るすぎるというか、善人すぎるというか…」
「仕事については、これまで満足にやらせてもらえなかったそうですから、B社で思い切り働けるのを楽しみにしているはずですよ。それに、性格は、良いに越したことはないのでは？」
「それがねぇ…。まあ、むしろ弊社側の問題なのかなぁ…」
B社の役員はそこで言葉を濁し、「もう一度、彼女と話がしたいのですが、日程を調整してもらえますか？」と言ってきたのだった。

役員との再面接、Oさんは二次面接で聞かれたのと同じように志望動機を聞かれた。そこで、育児事業に携われる嬉しさをあらためて伝えたのだが、役員はその間、腕を組んで難しい顔をしたままだった。
「Oさん、B社のことをよく思って頂いているのは本当に嬉しいのですが、この事業は決してきれい事だけでは済まないのです。お客さまを悪く言うなんてと思われるかもしれませんが、世の中には驚くような親御さんもいらっしゃいます。一方、B社も努力はしていますが、まだまだ不備が多く、至らないところが多々ある。ちょっと、これを読んでみて下さい」
役員はOさんにノートパソコンを手渡し、とあるページを開いた。それは、B社の悪評が山のように書かれてある匿名掲示板だった。
「これを見ても、OさんはまだB社で働きたいと思いますか？」

面接後、B社役員は我々に言った。
「辞退されると思いますよ。正直、私たちとしては採用したい気持ちもあったのですが、すぐに辞めてしまわれては意味がないですからね」
それから二日、Oさんからの連絡はなかったが、三日目になって我々のところに電話があった。
「ようやくネットの情報、全部読み終えました。いろいろ酷いことが書かれてあって、驚いたこともありましたけど、気持ちは変わりません。いえ、むしろより強くこの仕事をしたいと思うようになりました」
Oさんはキッパリとそう言ったのだった。

普通は見て欲しくないと思うネットのトラブル情報。あえてそれを自分から差し出したB社の度量はなかなかのものだ。そして、それに一歩も揺るがなかったOさん、この両者は長い付き合いになるのではないかと予感している我々なのであった。