倒産リスト
公開日時 2012/09/14 04:00
父親に転職を反対された孝行息子のMさんは、奇抜な方法で説得を試みた。
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大手機械メーカーの技術職Mさん(29歳)が転職をためらっていたのは、最近ではやや珍しくなった理由からだった。父親が大反対しているというのだ。
Mさんの御尊父は、新卒入社から約40年以上、大手エネルギーA社グループで働いてきた。昨年定年を迎え、いまは趣味の釣りに演劇鑑賞と、文字通り悠々自適の生活を送っている。手厚い企業年金制度のおかげで、定年後もかなりの収入があり、毎週のように元同僚達と旅行に出ているのだそうだ。
「せっかく恵まれた大手企業に就職できたのに、そこを辞めるなんて。金や待遇のことだけじゃない。大手にいるからこそ培うことができる人脈、人間関係がある」
息子が転職しようとしていることを知った父は、Mさんに熱弁を振るった。
A社での社会人生活は、常に順風満帆だったわけではなく、1990年代のバブル後、一時期かなり経営が苦しいときがあった。しかし、それを乗り越え、現在のA社は高い競争力で世界をリードする企業へと変貌している。
「つらい時期もあったが、苦しい中で辛抱して続けてきてことで、仲間・お取引先との絆が深まった。ころころ会社を変わって本当の人脈を築いていけるのか?目先に惑わされるな」
と、Mさんにも忍耐を説いているという。
こう書くと、いかにも頑固オヤジのようにも思えるが、Mさんによれば父親はもともと柔和な性格で、父親を尊敬しているMさんにとって、「あのオヤジがここまで言うなんて」という思いが強く、転職に二の足を踏んでいたのだった。
「転職は、諦めるつもりですか?」
我々の問いかけに、Mさんは苦しそうに答えた。
「これ以上いまの会社にいても、やりたい仕事が出来るようになることは絶対にないんです。父の言うような目先じゃない。早くしないと、技術者として生きていけなくなるかもしれないのに…」
「今は理解してもらえなくても、Mさんがやりがいをもって働いている姿を見てもらえば、お父様も納得されるんじゃないですか?」
「そう考えるしかありませんね」
Mさんは、そう言ったあと昔ばなしを始めた。
「いい歳をして、父親のことを気にするなんて、と思われるでしょうね」
「そんな。家族の反対を気にするのは、当然のことですよ」
「ずいぶん前の話ですけど、僕は大学受験の時、医大を目指していたんです。父もすごく応援してくれていたのに、結局すべて落ちてしまって…。別に構わないって言ってくれましたけど、本当は落胆していたみたいでした。ずっと父のことを尊敬してきたのに、今回また、期待を裏切ることになるのかなと思うと、少しつらいんです」
なんと親孝行な青年だろうと、我々は密かに感心していたのだが、このあとMさんが父親を説得するために使った手段は、そんな彼のキャラクターに似合わぬ、ややえげつないものだった。
ある日、Mさんは、実家で父親が苦々しげに新聞を読んでいるのを見た。後ろからそっと記事をのぞいてみると、日本の有名電機メーカーの経営不振を伝えるものだった。
「なるほど。この手があった」
Mさんは急いでネットでニュースの記事を集め、それをプリントアウトして、父親に渡した。
それは、ここ十数年のあいだに倒産したり、経営破綻で吸収合併され、名前が消えたかつての有名企業のリストだった。
「我慢しても、うまくいかないことだってある。決して無謀な転職はしないから分かって欲しい」
Mさんはリストを片手に必死に訴え、渋々ながらも父親の了解を得たという。
話を聞いた我々もMさんにお願いして、そのリストを見せてもらったのだが、懐かしい会社名がズラリと並んでおり、なかなかインパクトがあるものだった。Mさん以外にも大企業から転職することを家族が反対しているという方が、時折ある。
「両親・兄弟みんな…」「つきあっている彼女が…」「妻の両親が…」
どれも本人にとって気の重い話だろう。そんなとき、長々と専門的な仕事の説明をするより、この倒産リストを見せた方が効果的かも知れない。もっとも、他人の不幸をネタに使うというのは、あまり品の良いやり方ではないけれど…。
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