マルチチャネル3.0研究所
主宰 佐藤 正晃
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佐藤 正晃 氏
マルチチャネル3.0
研究所 主宰
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「MC3.0時代」最後の章では、医療ITがこれまで可能にしてきたことは何だったのか?を中心にITの発展と医療界の変革に関してお話をしたいと思います。人々の健康的な生活をサポートすること。それが医療界の担う最大の役割といえるでしょう。そしてその役割を十分に果たすためには、各医療機関が互いに連携し、地域レベルでの医療サービスを提供できる環境を整えることが大切です。患者は基本的にかかりつけ医を受診しますが、場合によってはほかの病院を利用することもあります。そのような場合、地域の医療機関同士が協力体制を築いていれば、よりクオリティの高い診療を提供することが可能になります。しかしながら、様々な制約がある中で医療機関同士の連携が進んでこなかった現実があります。
クラウドによって変革した医療産業
前回お話ししたコンピューターとネットワーク社会により、医療分野に様々存在する医療情報関連の、ヒト、システム、モノを連携させることで、還流するシステムとしてより良いものにしていく社会の実現性が見えてきました。
病院の様々なシステム、クラウドやウェブ、自宅でのコンピューター利用、家電や健康器具などをすべてインターネットにつなげることで、データを流通させ、より質の高い健康医療のサービス提供が可能となります。慢性疾患など、病院の中では完結しない治療や、予防医学などが実現することで大きな助けとなる部分でのITの役割は大きいと考えています。
かつて工場を動かすための電気は、工場の裏庭の発電機で起こしていました。しかし、今日では電力線を通じて電気を供給します。これと同様にソフトウエアも、ネットワークが発達し、安価になり、パイプが太くなって安定性が高まると、各自がサーバーにインストールするのでなく、ネットワークを通じてソフトウエアを供給する時代になります。これが、「クラウド」の時代です。
患者自身が自ら医療情報を
活用できるのか?
日本社会における少子高齢化に伴なう医療体制の問題は非常に深刻です。地域医療体制の立て直しが至上命令であることは、国家国民ともに十分認識しています。しかしながら、医師不足や病院経営の行き詰まりなどの障害物が多方面に広がっていて、政府自治体としてもどの分野から手をつけるべきであるか測りかねています。
医療のクオリティを向上するためのIT活用に注目が集まっています。しかし、データの入力や集計の業務に追われてしまっては、肝心の診療や患者様への対応に十分な手当てを施すことができません。院内のスタッフが効率よく情報を活用できるということは、患者へのサービスを向上することに時間を多く割くことにつながります。また医療過誤の防止や患者への情報提供にITを有効に活用すれば、患者様から積極的に選ばれる、安心で快適な医療機関が実現するでしょう。病院内での情報の活用に関しては、バランススコアーカードの考え方等が普及し、活用が進んでいますが、患者自身が自分の情報を活用するシーンというのは、まだ日本ではそれ程実現されていません。
現在までの医療・健康の世界と
これから望まれるサービスとは?
診療報酬改定や制度変更など、要望や施策はサービスの提供者である医師・医療関係団体・雇用主・健康保険・医薬企業の間でインセンティブを生むものがほとんどで、サービスを受ける国民を中心にしたインセンティブの流れとは必ずしも言い切れません。
私は利用者中心の医療サービスと効率的に医療情報を利用するためのデータを利用するためには、国民、医療提供者、業界のどれもが積極的に推進するソリューションを構築する事で新たなサービスが誕生する事ができると考えています。
医療サービスの構造が変化することで、コスト構造も変わり、国民は健康な状態を保つことに対して、よりインセンティブを感じるようになりました。
そのために、利用者である国民は各サービスをより効率的に利用するために、自分自身で医療情報を管理し、予防・健康のために永続的に活用し、 医療機関と利用者が連携し効率化することにインセンティブが発生する事で、はじめて新しいビジネスが生まれるのです。
このイノベーションを促進するためには、医療情報の流れをより効率化し、標準化していく必要があります。 サービスを利用する国民、サービスを提供する医療提供者、医薬業界のどれもが、各々にその震源となり、より良い医療の実現に対して進めることでその仕組みが実現すると考えています。
名人芸のコモディティ化が進む中での
専門医療の集約と総合診療医の拡がり
これまでの医療・看護・介護・福祉のサービスについて、より専門性を高めるように業務分担を見直すことで、医師が医師でしかできない仕事に集中できます。地域中核病院が行うべき診療検査と、地域診療所で行うべき診療を分けることで、より質の高い医療を提供することができます。また、これにより、医師不足の解消によい効果を与え、また公的医療費の削減にもつながります。
医療IT推進により今後加速すると思われるサービスにより次の事が起こるでしょう。(1)業界のイノベーションは、地域および在宅ケアの向上に向かう(2)医師不足の現状でも医療の質を向上する(3)質の高い医療を提供するために、専門性を高めることが可能になる(4)地域での包括ケアなど、高齢化社会に対応する医療サービスに構造を変えることも可能になる(5)利用者を含めた医療サービスに対する意識改革が変化してゆく。そして、スマートフォンの普及により、いつでも、どこでも、だれでも情報にアクセスできるデジタルヘルス社会になった現在、病院に行くことのみが医療情報を得るたった一つの方法ではなくなります。そして、病気ではなく人の人生の様々なライフステージによって、必要な情報内容は変化すべきでしょう。ある女性の一生を考えてみる、必要な医療健康情報は年齢やライフステージの中で起こる事柄によって変わります。初めての出産のときに、必要な情報量は、まずは一つのピークを迎えます。その後、老年期を迎えるころにまた様々な疾病に対する情報など、必要となる情報の量は多くなっていきます。このように、ライフステージの中で必要な情報の種類が変わり、また必要量は増減するのは当然でしょう。
その時々に合わせて、適切で正確な情報を得ることのできるようなソリューションの構築が、今後出現してくると考えるのが自然です。
医療データ活用の
スキルセット推進に向けて
データの活用が重要である。様々に分散している医療健康データを活用する方法としては、シンプルに、(1)退院した時からの個人健康管理(2)すでに持っているデータは、連携する(3)新しいデータを貯めて再利用する――であると筆者は医療健康データの活用と収集に関して聞かれるたびに話をしています。具体的なフローとして例としては、患者が病院から退院する時に、病院から診療や検査の記録など自分の情報をもらい、HealthDB(仮称) に格納します。患者は、退院後のケアを受けるため、地域の診療所で、プライマリケアを行う医師を訪問します。その際に、病院からもらった情報が、有効活用され、また新しい診療結果など保存されます。調剤薬局の薬剤師は、病院や診療所の診療結果や、検査の結果などを基に、処方薬を適切に選択します。処方された薬歴などは、HealthDB(仮称) に格納されます。
自宅に戻って、リハビリのため運動を行ったり、病院や診療所で指導を受けた医療機器を付けたりします。
ここでも、その情報はHealthDB(仮称) に格納されます。万が一、また病院にかかるような症状になってしまった場合は、それまでにHealthDB(仮称) に格納した情報を利用することができます。これにより、再診時により深い医療を受けることが可能になります。
このようにDBの活用イメージを考えると利活用のサービス設計が容易になると思います。
医療IT推進により今後加速する事
◦業界のイノベーションは、地域および在宅ケアの向上に向かう
◦医師不足の現状でも医療の質を向上する
◦質の高い医療を提供するために、専門性を高めることが可能になる
◦地域での包括ケアなど、高齢化社会に対応する医療サービスに構造を変えることも可能になる
◦利用者を含めた医療サービスに対する意識改革が変化してゆく |
最後に
「MC3.0時代到来」ですが、皆様のご支援を受けながら20回以上も連載を継続できることができました。「マルチチャネル・マーケティング入門」も含めますと30回近くになります。沼田編集長をはじめミクス編集部のメンバーの感謝です。この連載は地域包括ケア時代のMC戦略となってきました。実際に先進的な取り組みを行う病院現場を取材することで、私自身も読者に有意義なメッセージを伝えることができたと思っています。これからの方向性はデジタルヘルス戦略と製薬企業の融合になると考えていますので、この辺りも機会があれば新しい企画を考えたいと思っています。先日はデジタルヘルスに向かう製薬ビジネスというテーマでセミナーも実施させていただきましたが、多くの方にお集まりいただき新たな手ごたえを感じております。読者の皆様「MC3.0到来」をご覧いただき、誠にありがとうございました。
マルチチャネル3.0研究所とは:(MC3.0研究所)
「地域医療における製薬会社の役割の定義と活動スタイルを定義することを目的にして、製薬企業の新たなる事業モデルを構築し地域社会並びに患者や医師をはじめとする医療関係者へのタッチポイント増大に向けたMRを中心とするマルチチャネル活用の検討と実践を行う研究機関」である。設立2015年4月主宰 佐藤正晃(一般社団法人医療産業イノベーション機構 主任研究員)