マルチチャネル3.0研究所
主宰 佐藤 正晃
藤田保健衛生大学(愛知県豊明市)は関連病院と連携した「藤田医療情報ネットワーク」を構築している。近年は近隣の病院、診療所だけでなく、保険調剤薬局の加入も増えているようだ。地域医療のステークホルダーがネットワークを通じ、診療情報を共有化することで医療はどう変わるのか。システム構築の課題と運用について話をうかがった。(取材・記事編集 沼田 佳之)
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柳谷 良介 氏
藤田保健衛生大学病院
医療情報システム部長 |
植田 誓子 氏
藤田保健衛生大学
坂文種報德會病院
地域医療連携センター係長
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佐藤 正晃 氏
MC3.0研究所
主宰 |
71施設と連携
14施設は保険薬局
佐藤 まずシステムの概要からお話しください。
柳谷 我々は藤田保健衛生大学病院(1435床)と、関連病院の坂文種報德會病院(以下:ばんたね病院 名古屋市中川区 408床)を結ぶ「藤田医療情報ネットワーク」(図1)を構築している。2病院に全部同じシステムを入れ、特に大学本院とばんたね病院は、お互いに患者の診療情報を共有できるようになっている。というのも大学本院の医師がばんたね病院に人事異動することがあり、その時に受け持っている患者を連れてくることが多いためだ。このため検査や画像データなどを双方の病院で共有できる共有システムが不可欠となった。
佐藤 「藤田医療情報ネットワーク」はどのようなシステムでしょうか
柳谷 具体的なシステムとしてID-Linkを利用し、インターネット回線を通じて連携先の医療機関が診療情報を閲覧できる。ただし閲覧できる情報は、情報公開に同意を頂いた患者のデータのみ。検査結果、放射線など画像データ、さらには処方内容や検査レポートなどの状況が閲覧できる。なお、登録患者数は2425人(2015年9月末現在)だ。
佐藤 診療情報システムを構築する際の課題は?
柳谷 大学本院とばんたね病院は、それぞれ異なる電子カルテを採用しているが、厚労省の推奨するSS-MIX2を用いたことで、電子カルテの情報をID-Linkに描きだせるようになった。これにより相互で情報を共有することが可能になった訳だ。
佐藤 近年は地域の保険調剤薬局との連携も盛んになっているようですね。
柳谷 そうだ。現在71の医療施設と連携しているが、うち14施設は保険調剤薬局だ。ここには門前薬局も含まれる。当初は何故保険調剤薬局と連携するのかと聞かれることがあった。医療者の中には検査データを共有することに慎重な意見もあった。ただ、薬局の人達からすると、提供できるサービス向上のためには検査データなどの情報を見たいとの声も多かった。このため地元の薬剤師会とも相談して、是非進めようということになった。参加している薬剤師からも、検査データを見ることで、処方内容を確認することができ、服薬指導に役立っているとの声が寄せられている。
佐藤 今後、薬局を含めて連携先からのフィードバックを受ける機会など設ける予定はありますか。
柳谷 現在は設けてはない。というのも実際のアクセス数がそれほどでもないからだ。使い始めはアクセスも上がる傾向にあるが、その後は一定のところで安定化する。これは他の地域のID-Link活用例とも同じ傾向だ。薬局以外にクリニックでも同様の傾向が見える。
とはいえ我々としては、地域連携をより発展させるために、連携先と共有する情報を更に充実させていかねばならないと考えている。検査データ以外に退院時サマリーなど診療リポートの公開も始めている。厚労省の提唱する「地域包括ケアシステム」が進めばこの辺のところは変化するだろう。本格的に稼働するには、あと数年かかるが、それに向けた準備は必要だ。もちろん連携先とのフィードバックの会なども必要になるだろう。
佐藤 システム構築に際し、ITリテラシーなどで困ることはありますか。
柳谷 我々の医療情報ネットワークは、使い方が難しいということは無い。インターネットが使えるレベルであれば問題ない。逆に、もっとジェネラルなリテラシーは必要かもしれない。紙で書いた方が早いといった意見もある。便利さという意味でのリテラシーは必要だろう。
車の運転が出来ても、道を知らないと車の利便性を感じることはできない。ID-Linkを使ってデータを見ても、じゃあどうやって医療の質を上げていこうかという「道」を知らなければ本来的な連携医療を構築することはできないだろう。診療情報の共有化を通じ、連携先の医療者全員の共通認識みたいなものが今後は求められるのではないだろうか。
佐藤 薬局に限ってみるとどうですか。
柳谷 保険調剤薬局に限ってみると、医療の質をあげていきたいとの意識が強いと感じている。我々の医療情報ネットワークは患者の同意書の取得を原則している。薬局でも情報の共有化に際し患者の同意書を取る。患者さんに対し、あなたの検査データを我々も管理しますという意図だ。ただ、その時点で薬局には何の情報も入らない。患者が2度目に来院した時に初めて役に立つ。薬局の場合、効果が出るまでにいくつかのステップを踏む必要がある。まだ蓄積は少ないが、これからの提供できるサービス向上のためには必須のアイテムとなる。まずは情報の蓄積から始める必要があるだろう。
佐藤 ITを活用した病院経営の戦略的投資についての見解をお聞かせください。
柳谷 病院はIT業界に比べて人の流動化が少ない。我々の場合をみても、採用の多くは藤田学園で専門教育を受けた人が殆どだ。とはいえIT関係の専門家はまだ少ない。このため人材育成は大きな課題と言える。
現在の医療情報システム部は23人(大学本院12人、ばんたね病院8人、七栗サナトリウム3人)体制となっている。初めからという人が殆どだが、医療事務や放射線技師から当部署に異動してきた人も多い。というのも医療技術者でなければ分からないことが多いからだ。今後もリクルートを進めていきたい。こういう専門職のスキルを取り入れながら組織全体としては、スペシャルな部署として発展させたいと考えている。
「連携病院会」通じて転院支援
佐藤 次に地域医療連携センターの取り組みを教えてください。
植田 病院の前方支援として地域の開業医の先生方から紹介予約を取ったり、後方支援として転院先のコンサルなどを行っている。後方支援については、ケースごと、患者ごとにケースワーカーと連携しながら患者家族と面談を重ね、退院先を決めていく。後方連携は特に重要だ。急性期病院を脱した患者について、回復期、慢性期、そして在宅に戻す必要がある。その結果として退院率の維持と病床稼働率の向上などが求められることになる。
佐藤 病床稼働率は病院経営にとっても重要ですが、どのような工夫をされているのですか。
植田 院内の電子カルテシステムの中に、今何人入院しているか誰でも逐次閲覧できるようにしている。これにより全病院職員が意識できるようになっている。
佐藤 どうやって退院先病院を探すのですか。
植田 当院は連携先の病院10施設と「連携病院会」(図2)を作っている。そこで転院支援システムの運用を開始している。定期的な会議を通じて患者の移動をスムーズに行えるようにしている。連携病院会の無い時代はケースワーカーの経験値に頼っていたことが多かった。近年は連携病院会を通じ、院外の業務を簡便化できるようになってきた。
佐藤 地域医療連携の進め方でITを利用する工夫はどうしていますか。
植田 やはりID-Linkのサービスを入れることで喜ばれる。医師だけでなく薬剤師についても情報共有できることが高く評価されている。これまでは検査データもCD-Rに画像を焼き付けて連携先の施設に送っていた。その結果、診療所にCDが山積みされることもあったが、これも解消される。情報共有によって、かかりつけ医と病院とによる「共同診療」という意識も芽生えてきたようだ。また、連携を通じたコミュニケーションによって、新たに病院の広報活動もできる。きっかけづくりとしても非常に有用であると認識している。
佐藤 連携室のメリットをどう感じていますか。
植田 私個人はアナログ派だったが、情報システム部と連携し、一緒に医療機関を訪問できることもメリットになった。どうやってやれば連携先の医療機関から喜ばれるのか、本当に使っていただけるのかといった不安も当初はあったが、その後の訪問で直接開業医の先生方の声を聴くことで、こうしたシステムへの理解も進んでいることを認識することができた。
佐藤 一方で患者にとってのメリットはいかがですか。
植田 患者さんは病院と開業医の両方で見てもらえる。薬局にも管理してもらえるということで安心感が高まっている。普段、医師に聞けないことを薬局の薬剤師に聞けるなど、身近な医療従事者として薬剤師さんにとってもメリットになっている。薬局薬剤師については、これからもっと地域住民の身近な存在になっていくのではないかと期待している。
佐藤 地域包括ケアシステムの本格稼働を見据えて今後の課題をお聞かせください。
植田 ゆくゆくは地域包括ケアシステムが本格稼働する際には、回復期や慢性期、在宅を結ぶシステムとして活用できればと考えている。介護施設についてもすでに連携している。本来急性期病院から直接介護施設にいくより、一つステップを置いた方がいいのではないかと考えている。いまは受け入れ先としての交渉だったり、紹介の話であったりが中心になっている。
製薬企業への期待
佐藤 製薬会社の訪問はありますか。
植田 よく訪問してきます。MRだけでなく、MSも多いです。情報提供してもらっています。医師も地域連携を意識しているので、名古屋市中川区の医師を集めた地域医療の研究会などもやっており、製薬企業の協力を得ることも多い。医師会の会合なども協力いただいている。地域包括ケアシステムの時代になるといわれているが、実際にどうするかは我々も暗中模索している。開業医や病院、薬局の中を取り持つ活動をしていただけると助かる。これから薬剤師も職能をあげる方向にある。いろいろな知識を高めることもある。薬剤師を集めた講習会などを企画して欲しい。情報を頂くことが多いが、我々の情報収集に協力いただけると助かる。近隣の病院の取り組みや次期診療報酬改定の新しい情報なども欲しいところ。
柳谷 どこの製薬企業も地域に根を張っている。最近は規制も多くなっているが、地域の中を取り持って欲しい。薬剤のノウハウなどを共有するような、あちこちにしみ込んだ活動をお願いしたい。いまはMRと直接話す機会は殆どないが、IT関係でもざっくばらんに話をしてほしい。MRもiPadを活用しているが、あれば良いというものではない。何をするかが大切だ。
佐藤 製薬企業に何を期待しますか。
柳谷 2つある。一つは診療のサジェスト機能の構築だ。患者の症状などをデータベース化する。過去に発表された学術論文や企業が持っている安全性情報などを集積し、こんな可能性があるというような診療をサポートするツールがあるといい。企業のデータと病院のデータをあわせて診療をサジェストできるツールを構築するというのも一考だろう。
もう一つうはお薬手帳の問題を何とかして欲しい。電子お薬手帳も何種類もある。あれを打開することが求められる。そこが動かないと、電子お薬手帳の問題は解決できない。
PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の議論も最近聞かれるが、まだ至らないのではないか。個人が医療情報をもつ習慣がない。まして管理できないのではないか。米国では保険会社が医療全般をコントロールしている。一方で英国はかかりつけ医が患者情報を持っている。これを切り出したのがPHRだが、日本で普及するにはなお時間が必要ではないだろうか。
佐藤 きょうは長時間にわたり本当にありがとうございました。
マルチチャネル3.0研究所とは:(MC3.0研究所)
「地域医療における製薬会社の役割の定義と活動スタイルを定義することを目的にして、製薬企業の新たなる事業モデルを構築し地域社会並びに患者や医師をはじめとする医療関係者へのタッチポイント増大に向けたMRを中心とするマルチチャネル活用の検討と実践を行う研究機関」である。設立2015年4月主宰 佐藤正晃