ウイルスが遺伝子を運び、生物を進化させたという仮説
公開日時 2009/09/30 04:00
ウイルス進化説
『新・進化論が変わる――ゲノム時代にダーウィン進化論は生き残るか』(中原英臣・佐川峻著、ブルーバックス・講談社)という本に驚くべきことが書かれている。進化の主役はウイルスで、ウイルスが種の壁を越えて遺伝子を運び、生物を進化させてきたというのだ。ゲノム時代を迎え、この大胆な「ウイルス進化説」は、進化論の正統派・ダーウィン進化論を真正面から批判した今西錦司の今西進化論を科学的に証明・補強するものとして注目されている。
ダーウィン進化論
現在の生物の教科書に載っている進化論がチャールズ・ダーウィンの進化論そのものかというと、そうではなく後世の改良が加えられている。この改良された理論はネオ・ダーウィニズムと呼ばれている。改良されたといっても「進化」「適者生存」といった本質的なアイディアには変更は加えられておらず、ダーウィンの進化論をより精緻にしたものと考えていいだろう。すなわち、現在のダーウィン進化論は、ダーウィン自身の「自然淘汰」と、後世に導入された「突然変異」を二本柱としている。
今後、ダーウィン進化論がどのような運命を辿ろうとも、ダーウィンの学問への情熱と貢献は不滅である。
今西進化論
今西進化論は、「棲み分け」と「種社会」を中心概念とする独創的な進化論であり、個体レベルの自然淘汰が種の進化をもたらすというダーウィン進化論の基本的な原理を否定している。あくまで種が進化の基本単位だというのである。例えば鳥の翼であるが、ダーウィン流に言えば、ある環境下では爬虫類の中で肢が翼のようなものに変わっていった個体は生き残るチャンスが大きいため、その子孫が増えていき、そのうち全部の個体が鳥になってしまったということになる。一方、今西は、爬虫類のある種はどの個体も一斉に肢が翼に変わってきたので、空を飛ぶことになったというのである。個体レベルでは多少の前後があっても、長い目で見れば種の全個体がある定まった方向へ変化していくというのだ。しかしながら、その定向進化の個体レベル、さらには遺伝子レベルのミクロなメカニズムまでは、今西進化論も明らかにしていない。
遺伝子の運び屋
ウイルス進化説は三本の柱で支えられている。一つ目は、ウイルスによる個体から個体への遺伝子の水平移動が起きること。二つ目は、ウイルスによる遺伝子の水平移動は種の壁を越えて起きること。そして、三つ目は、ウイルスは遺伝子を運ぶためのオルガネラ(細胞内小器官)だということだが、これが最も重要な柱である。つまり、ウイルスは生物が進化するのに必要な遺伝子を運ぶ道具、遺伝子の運び屋だというのだ。
例えばキリンの首について、ダーウィン進化論では、遺伝子の突然変異によって従来のキリンよりも少しだけ首の長いキリンが生まれたとする。このキリンは従来より高い所の葉を食べることができるようになり、従来のキリンより有利なので、生き残る確率が高くなる。その生き残った少し首の長いキリンから、さらにもう少し長い首のキリンが突然変異で誕生し、そのキリンはさらに有利なので生き残る。こうしたプロセスを繰り返すことで、現在の長い首を持つキリンになったと考える。これに対し、ウイルス進化説では、首が長くなる遺伝子を持ったウイルスに感染したことで一気に首が長くなったと考えるのだ。
大胆な仮説
ダーウィン進化論は、当時、人々に衝撃を与えた大胆な仮説であった。今西進化論もウイルス進化説も刺激的な仮説である。ウイルス進化説は、生物に進化をもたらしたウイルスが見つかったわけではなく、今のところあくまでも仮説に過ぎない。今後、どの進化論が生き残ろうと、独創的な仮説なくして学問の進歩はあり得ない。そして、私たちには、大胆な仮説に触れ、専門家たちの論争を楽しむという知的な喜びが与えられている。