初期治療として抗凝固療法を完遂した初発の静脈血栓塞栓症(VTE)患者において、低用量アスピリンを投与することによる、有意なVTE再発抑制は示せないことが分かった。一方で、長期的には出血を増加させずに、大血管イベントの発生を抑制したことから、抗凝固療法を継続できない患者にとって、低用量アスピリンが選択肢となる可能性も示唆された。二重盲検下プラセボ対照ランダム化比較試験「ASPIRE(Aspirin to Prevent Recurrent Venous Thromboembolism)」の結果から分かった。11月3~7日の日程で米国・ロサンゼルスのLos Angels Convention Centerで開催されている米国心臓協会年次学術集会(AHA)2012で、11月4日に開かれたLate-Breaking Clinical Trials:Practice Implications for CAD and VTE」で、オーストラリア・Prince of Wales HospitalのTimothy Brighton氏が報告した。(11月4日 米国・ロサンゼルス発 望月英梨)
原因不明のVTEの初発の患者では、抗凝固療法の服用を中止するケースも少なくなく、潜在的にVTEの再発高リスクとされている。長期的な抗凝固療法(ワルファリンなど)は有効であることが示されているものの、大出血を起こすことや患者にとって利便性が高くないことが指摘されている。
一方、低用量アスピリンは、これまでにVTEにおいて関節形成術時や薬物療法で高リスクの患者を対象にした臨床試験で有効性が報告されているほか、原因不明のVTEに対する有効性が報告されている。
試験は、初期治療として抗凝固療法を完遂した初発のVTE患者に対し、アスピリンを投与することで、VTEの再発を抑制できるか検討することを目的に実施された。
対象は、①18歳以上②原因不明の近位部症候性深部静脈血栓症(DVT)、肺塞栓症(PE)のいずれかもしくは両方を発症③初期治療として抗凝固療法を完遂④初期治療である抗凝固療法後6週間以内に被験薬の投与を開始――を満たした患者822例。アスピリン100mg/日群411例、プラセボ群411例の2群にランダムに割り付けた。登録期間は、2003年5月~11年8月まで。主要評価項目(有効性)は、VTE(DVTと確定診断された症例、非致死的PE、致死的PE)の再発、主要評価(安全性)は、出血とした。
患者背景は、平均年齢がプラセボ群で54歳、アスピリン群で55歳、男性はプラセボ群で54%、アスピリン群で55%だった。イベントの既往は、DVTのみがプラセボ群で56%、アスピリン群で57%、PEのみがプラセボ群で29%、アスピリン群で27%、DVT+PEがプラセボ群、アスピリン群ともに14%だった。初期治療の抗凝固療法の投与期間は、3カ月未満がプラセボ群、アスピリン群ともに1%、3~6カ月がプラセボ群で24%、アスピリン群で28%、6~12カ月がプラセボ群で65%、アスピリン群で63%、12カ月以上がプラセボ群で10%、アスピリン群で8%だった。被験薬の投与期間(中央値)は、アスピリン群で40.5カ月、プラセボ群で35.9カ月だった。試験開始から2年経過時点の推測値による服薬中止は、アスピリン群で22%、プラセボ群で28%だった。
◎VTE再発で有意差示せずも大血管イベントは有意に発生抑制
ITT解析を用いて解析した結果、主要評価項目のVTEの再発は、プラセボ群で6.5%(73例/411例)、アスピリン群で4.8%(57例/411例)で、アスピリン群で減少する傾向はみられたものの、両群間に有意差はみられなかった(ハザード比(HR):0.74、95%CI:0.52-1.05、p=0.09)。DVTのみはプラセボ群の3.8%(43例)に対し、アスピリン群で3.3%(39例)で、両群間に大きな差がみられなかった(HR:0.86、95%CI:0.56-1.33、p=0.50)。一方で、PE±DVTはプラセボ群の2.7%(30例)に対し、アスピリン群で1.5%(18例)で、有意差はないものの、アスピリン投与で減少傾向がみられた(HR:0.57、95%CI:0.32-1.02、p=0.06)。
アドヒアランス不良の影響を考慮する目的で、服薬の中止を考慮し、服薬した患者のみを対象としたOn Treatment解析(HR:0.65、95%CI:0.44-0.96)、コンプライアンスを調整したITT解析(HR:0.66、95%CI:0.38-1.06)を実施したが、いずれも有意差は示せなかった。
副次評価項目については、大血管イベント(VTE+心筋梗塞+脳卒中+心血管死)の発生がプラセボ群の8.0%(88例)に対し、アスピリン群では5.2%(62例)で、アスピリン群で有意に34%発生が抑制された(HR:0.66、95%CI:0.48-0.92、p=0.01)。クリニカルベネフィット(有効性-安全性(出血、治療の中止))は、プラセボ群の9.0%(99例)に対し、アスピリン群で6.0%(71例)で、アスピリン投与により、有意に33%向上がみられた(HR:0.67、95%CI:0.49-0.91、p=0.01)。
安全性については、臨床上重大な出血が、プラセボ群の0.6%(8例)に対し、アスピリン群で1.1%(14例)で、アスピリン投与による有意な増加はみられなかった(HR:1.73、0.72-4.11、p=0.22)。この傾向はすべてのサブグループで一貫した結果を示した。
Brighton氏らは、メタ解析の結果を示した上で、同試験の結果が「低用量アスピリンの投与は、原因不明の初発のVTEにおいて、VTEの再発と大血管イベントの発生を抑制したことを一貫した、説得力のあるエビデンスを提供した」と説明。長期的投与を行う上で、アスピリンは広く用いられており、1剤投与ですむ簡便な方法である上、コストも抑制できるなどの長所があると指摘。「VTEの再発抑制効果だけへのベネフィットは制限されている」とした上で、「抗凝固療法を初期治療以降、継続できない患者にとって、アスピリンは魅力的な選択肢」と述べた。
◎Discussant・Cushman氏 出血、再発リスク考慮した治療ストラテジーを
Discussantとして登壇したUniversity of VermontのMary Cushman氏は、VTEが脳卒中と似通った発症率であることを指摘。さらに原因不明のVTEでは、抗凝固薬の服用を中止すると10年間で30%の再発リスクがあることを指摘した。また、ひとたび再発すると、死亡率は4~10%との報告があるほか、血栓後症候群のリスクが6倍に高まることも紹介し、VTE既往歴のある患者のリスクの高さを強調した。
Cushman氏は、これまでのエビデンスを紹介した上で、長期的にみるとワルファリン(INR:2.0~3.0)が最もVTE再発抑制効果が高い一方で、アスピリンや新規抗凝固薬・リバーロキサバンは出血リスクが1%未満と安全性が高いとした。
その上で、VTEの延長治療を行う場合の治療ストラテジーについて自身の考えを紹介。まず、出血リスクを評価した上で、出血リスクが高い場合にはアスピリン100mg/日もしくは観察を行うとした。一方で、出血リスクが低~中等度の患者で、再発リスクが高い場合にはワルファリン(INR:2.0~3.0)、再発リスクが低い場合には、アスピリン100mg/日、ワルファリン(INR:1.5~2.0)に加え、リバーロキサバンも治療選択肢となりうるとの考えを示した。
なお、同試験の結果は、同日付の「The New England Journal of Medicine」に掲載された。