イーピーエス株式会社
榎戸 誠
【必読の2冊】
これまで医薬品以外の業界の営業で頑張ってきたが、新たな環境で自分の力を試したいと、MRを目指す人にとって、医薬品業界の全体像を知るのに最適な本『医薬品産業戦略マネジメント』と、MRが直接、接する得意先である医師の本音を知るのに欠かせない本『ドクターは、そう考えないよ』を紹介しよう。
【最新・最良のテクスト兼ガイドブック】
『医薬品産業戦略マネジメント――マーケティング視点で説く』(佐藤睦美著、東急エージェンシー)は、MRにとどまらず、製薬企業、研究開発型ヴェンチャー、CRO、SMO、CSO、医薬品卸、コンタクト(コール)・センター、医療関連IT企業など医薬品産業で日夜、頑張っている人々に目を通してほしい一冊である。また、これから医薬品産業で働くことを目指している人々にとっても、恰好なガイドブックとなるだろう。
私がこの書を薦める理由は3つある。第1に、医薬品産業に関する最新情報が漏れなく手際よく整理されていること。連日、業界紙誌で伝えられる膨大な情報がテーマ毎に時系列でコンパクトにまとめられている上に、それらの情報の意味するところが簡潔に述べられている。第2に、さまざまなマーケティングの分析手法が医薬品産業における具体例として応用されていること。マーケティングの参考書を読む場合は、通常、それぞれの手法を医薬品産業用に自分の頭の中で翻訳しなければならないが、この本ではその手間が省けるので、ドンドン読み進めることができる。第3に、豊富な経験に基づき、著者自身の見解・予測が明快に表明されていること。
一言で言えば、医薬品産業に身を置く私たちにとって、最新・最良の戦略テクストと言える力作である。
【業界紙誌情報の時系列縮刷版】
第1点の最新情報については、「グローバル時代の医薬品業界」とのタイトルのもと、「世界市場のボーダーレス化」、「世界の医薬品業界の再編」、「世界規模で広がるバイオベンチャーの買収」、「世界の医療用医薬品市場動向」、「『ドラッグ・ラグ』と進む海外での新薬開発」、「特異な戦略をとる第一三共」、「ジェネリック医薬品」、「バイオシミラーの時代」、「新医薬品産業ビジョン」のテーマ毎に整理・解説されている。
当然、具体的な製薬企業名が頻出するが、「当時世界第13位の企業が同4位の企業を買収したという、まさに“小が大を喰う”再編劇は、これから先も見られないかもしれない」といった、この著者らしい直截な表現が散見される。
【マーケティング手法の医薬品産業応用編】
第2点のマーケティング手法については、2つだけ例を挙げておこう。著者は、「顧客志向」を徹底させるために、グレン・アーバンが提唱する「アドボカシー(顧客支援)・ピラミッド」の活用を勧めている。これは顧客の利益・満足度を最大化することを目指しており、4段ピラミッドの最下段に「TQM(トータル・クウォリティ・マネジメント)」と「CS(カスタマー・サティスファクション)」を配し、その上段に「CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を活かしたマーケティング」、さらにその上段に「アドボカシー」を位置づけることによって、最上段の「顧客志向企業」を実現させるというものである。
もう1つは、パチェンティ・ジュリオ・チェザレの「ポートフォリオ分析」を用いて、潜在顧客の炙り出しと現状顧客利益貢献度を一目で認識できるようにしようというものである。この分析によって、自社の顧客を「成長している顧客」、「成熟した顧客」、「開拓すべき顧客」、「手を引くべき顧客」の4つのゾーンに分けることができる。担当医療機関およびドクターがどのゾーンに属するのかを改めて可視化することで、戦略の練り直しをする必要性を実感することができるというのだ。
第3点の著者独自に見解については、「後発ブランドが先発ブランドに勝てる戦略」、「アウトバウンド(電話担当者がこちらから積極的に顧客に働きかけること)機能を備えたコンタクト(コール)・センターの設置」、「日本のジェネリック業界が生き残るための3つの大胆な戦略」、「モバイル時代のマーケティング戦略」、「会社は逆に“授業料”をくれるビジネス・スクール」、「競合他社とのアライアンス(連携)を実行せよ」、「売れないMRほど忙しい」、「無計画訪問による時間のムダ」、「ドクターのインサイト(ニーズのさらに奥にある本質的な欲求)を見極めよ」、「現在の上司に拒否権のないMRフリー・エージェント制度」などなど、それこそ枚挙にいとまがない。
【ドクターの本音】
MRにとって、ドクターの本音を聴取できるチャンスは、そうそうあるものではない。この意味で、『ドクターは、そう考えないよ――ドクターとMRのギャップを埋める10枚の処方せん』(染谷貴志・川越満著、セジデム・ストラテジックデータ株式会社ユート・ブレーン事業部)は貴重である。
都内の基幹病院でドクターとしてのスタートを切り、11年間、研鑚を積んだ後に、診療所の院長に転じて6年、計17年間、MRに接してきた体験に裏打ちされた著者の語り口は辛口だが、傾聴に値する。
【診断・処方せん・指導せん・服薬指導】
ドクター(染谷)がMRのよくある「症状」(習慣)に対して「診断」し、「処方せん」(ギャップを埋める解決策・考え方)を提示する。ケースによっては「指導せん」も付ける。その処方せんを調剤薬局(川越)が受けて「服薬指導」(処方せんに書いてある内容を、さらに深く考えて実行するためのアドヴァイス)を行う――という形で、話が進行していく。
例えば、「担当するドクターに講演会や勉強会への出席を依頼しても、参加してもらえない」という症状に対する処方せんは、「ドクターが求めているには、明日からの臨床に活かせる『生きた講演会』」となっており、「先生は、どんな講演会なら参加したいと思いますか?」と聞いてみては、と提案している。そして、服薬指導では、「まず、ドクターの行動パターン(ドクターのスケジュール・動線)の把握」を勧めている。
「定期的に訪問しても、ドクターに認知してもらえない」という症状には、「●その診療所は、どんな問題を抱えているのか? ●どんな情報を必要としているのか? ●どうすれば自分が役に立てるだろうか?」といった視点を持って訪問しては、という処方せんが出されている。
「ドクターとの面談の際、製品コールしかできない」という症状には、MRが自分の魅力や強みは何なのかを分析し、それをドクターにどうアピールしたら効果的か考えてみては、と提言している。
【今後のMR活動】
「接待に関する規制が厳しくなることを、ピンチと捉えるか、チャンスと捉えるかで、今後のMR活動に差が出てくる」、「自分のMR活動が、地域の医療の発展に役立つことができる、そう考えて仕事をするのと、ただ自社製品の処方を増やす目的だけで仕事するのとでは、モチヴェーションが違ってくるのでは」、「facebookが凄い広がりを見せているが、こうした実名で情報発信をするサイトがこれから充実してくると、今のe-detailingと呼ばれている仕組みは廃れていくのでは」という指摘には、思わず耳をそばだててしまう。
一方、「自分が明日から動けない状態になったら、家族やスタッフはどうなるんだろう。明日から患者が一人も来なくなったらどうしよう」、「勤務医の時には他のドクターと触れ合い、情報交換することができたが、開業医は結構孤独。治療に関しても、いろいろ有益な情報を求めている」といった述懐からは、著者の人間味が伝わってくる。