実に11年ぶりとなる糖尿病の新診断基準が発表された。新診断基準では、これまで診断確定後に補助的な指標として用いられてきたHbA1c値を、血糖値に並ぶ第一段階の指標として取り入れた。注目すべきは、これまで用いられてきたJDS値に0.4%加えた、“NGSP値相当”の値として記載する点だ。
NGSP値は欧米など世界で広く用いられており、世界標準になってきている。一方で、JDS値は精度が高く、日本国内での標準化が進んできているものの、日本が独自に用いている測定法だ。このような中、WHOがHbA1cの国際標準化を進める中で、JDS値はNGSP値と約0.4%の誤差があることが明らかになってきた。
この0.4%の誤差を「外国の研究者、製薬企業の多くの人は知らない」と日本糖尿病学会糖尿病診断基準に関する調査検討委員会の清野裕委員長(関西電力病院院長)は話す。一部の国際共同研究、国際共同治験では、中央測定をし、国際標準化されたHbA1c値が用いられてきたものの、多くのケースでは実施国の基準をそのまま適応している。つまり、国際標準化されたHbA1c値よりも0.4%低い値のまま試験に組み込まれてきたことになる。
現在、活発に開発が進められているインクレチン薬だが、日本人では欧米人よりも高い効果が得られると期待されている。実際、HbA1c値の降下度は、欧米人よりも日本人で大きいと言われている。だが、対象患者のHbA1c値が0.4%低い値で示されているために、より軽症の患者に投与しているとみられてしまうというわけだ。清野氏も「薬剤の効果について比較すると、大変な齟齬が生じてくる」と指摘する。
◎日本人に最適な薬物治療のストラテジー構築に期待
このような中で、国際標準化されたHbA1c値を用いることで、世界中のデータが結ばれた1つの“プラットフォーム”が構築されることになる。日本糖尿病学会の門脇孝理事長(東京大大学院医学研究科糖尿病・代謝内科教授)は、「日本人と欧米人との治療薬の効果を正しく比較できる基盤が整った」と評価した上で、「日本人における治療薬の効果や特徴がより分かるようになるのではないか」と期待感を示す。
国際共同研究、国際共同治験を評価、吟味する中で、必ずと言っていいほど議論になるのが、人種差や民族差の問題だ。糖尿病は、病態一つとっても、日本人ではインスリンの分泌不全とされる一方で、欧米人ではインスリン抵抗性とされるなど、特に人種差、民族差が指摘される疾患だ。統一基準を用いることで、この人種差、民族差がどこにあるのか明確になることも期待される。これにより、日本人糖尿病患者の特徴を見出すことができれば、日本人にとっての最適な治療も見えてくる。世界の標準療法を踏襲するのではなく、“日本人”にとって最適な治療ストラテジーの構築にも期待がかかる。
「日本の糖尿病研究、診療はきわめてレベルが高い」と門脇氏は話す。今後、数多くの新薬の登場が見込まれる糖尿病領域。世界標準の基準を用いることで、日本の糖尿病研究の信頼性が増し、日本発の国際共同研究、国際共同治験の実施が促進されることが期待される。ただ、それだけでなく、糖尿病治療のベストストラテジーの構築に向け、HbA1cの標準化は大きな福音と言えるのではないだろうか。(望月英梨)