今回は、環境分析を戦略立案につなげる道筋を取り上げます。キー・イシューズとは、「是が非でも自社がやらなくてはならないこと」を指し、戦略の核となるものです。キー・イシューズを導き出すために有効なのがSWOT、クロスSWOTです。
SWOT分析は一般的によく知られたツールです。Strengths(強み)、Weaknesses(弱み)、Opportunities(機会)、 Threats(脅威)の頭文字をとってSWOT。S/Wは内部要因、O/Tは外部要因、四つ合わせて市場環境を理解するためのフレームワークである、と理解している方もいるでしょう。過去に自分で書いたことのある読者も多いはずです。ここで質問です。貴方は何のためにSWOTを書きましたか?その時 SWOTを書いたことで、何が変わりましたか?
40年も前から使われているこのツールにはそれだけの価値があります。上記の質問に対し、答えに詰まるとしたら、表面的な理解に留まっていると認めなければなりません。
SWOTの意義
前回はマーケティングプロセスの第一段階である環境分析で、PEST、患者フロー、3C’s、7P’sなどのフレームワークを使いながら、自分のビジネスに影響を与える要因をリストアップしました。SWOTが持つ大きな役割は、それらのツールを通して気づいた要因を一つに纏めることが可能だということです(図1)。
もちろん、単に全項目をリストアップすればいいわけではありません。これまで繰り返してきたように、自分の戦略レベルを念頭に置きながら考えます。例えば支店レベルのSWOTであれば10年後の技術革新を書く必要はありませんし、疾患領域担当レベルならば、各薬剤の剤形や容量の種類の多寡をStrengthやWeaknessとしてリストアップする必要はありません。
また、重要である項目とそうでない項目を区別し、優先順に書くことも大切です。不確実性の高い外部要因の重要性は、ビジネス・インパクト・マトリックスを使って判断すると良いでしょう(図2)。
SWOT の項目は、出来る限り定量化する努力をします。定量化された数値が意味のある(=円換算された)ものであれば尚ベスト。「受診率が低い」「脱落率が高い」という要因をSWOTに書きこんでも、優先的に取り組むべき事柄は見えてきません。しかし「非受診患者数28万人=年間潜在売上高XXX円」、「他剤平均 53%と比べて脱落率が6%高い=年間YYY円の漏れ」のような表現にすると、優先順位がすぐに明確になります。もう一度繰り返しますが、環境分析のアウトプットを、分かりやすく意味のある形で一枚の紙に纏めるのがSWOTとなります。
キー・イシューズの抽出
さて、リストアップした項目をSWOT上の4つの升目に配分しただけでは、整理されたとはいえ、まだほとんど何の価値も生み出していません。本当のスタートはここからになります。連載第一回を思い出して下さい。マーケティングプロセスの4段階で、「環境分析」の次にくるステップは「戦略立案」です。すなわち、「環境分析」のまとめがSWOTであり、SWOTは「戦略立案」の基礎になるのです。ここで、同じく第一回で述べた、「何をしないかという選択が、戦略の核心である」という「戦略の定義」も思い出してもらえるでしょうか。
SWOTを書くのは、「何をしないか」を決めるためです。裏返せば、自社の資源を集中すべき「キー・イシューズ」を抽出することが、SWOTの最終目的です。キー・イシューズとは、自分の仕事を成功に導くために不可欠な事柄であり、「これをやらなければ成功しないであろうこと」。次ステップの戦略立案の段階では、キー・イシューズに焦点を当て、リソースを集中させる必要があるのです。
SWOTからキー・イシューズを抽出するためには、これから紹介するクロスSWOTという手法が効果的です。
クロスSWOT
SWOT は客観的であるべきですが、かといってロジックだけで分析するには限界があります。全項目を定量化し、整理すれば、それが金額の大きな順にキー・イシューズとなるわけではありません。これから構築していく戦略の基盤となるべきキー・イシューズの設定は、極めて重要で難しい作業です。短・中・長期の売上や利益への期待度、会社のミッションや全体戦略、製品のライフサイクル、競合企業の特性など、定性的なファクターも多く考える必要があるのです。
この段階までくると、どうしても「勘」や「経験による判断」に頼ることが多くなります。その中で良いアイデアが沢山浮かんでくることもあれば、時には熱中しすぎて正しい道が見えなくなるケースもあるでしょう。そんな時にも、このクロスSWOTが役立つかと思います(図3)。この手法は、サンフランシスコ大学院のハインツ・ワイリック教授(Heinz Weihrich)が1982年に提唱した「TOWS MATRIX」を応用して作りました。(ワイリック教授の研究発表を見たい方は、 http://www.usfca.edu/fac_staff/weihrichh/ をご参照下さい。)
クロスSWOTでは、 S/WとO/Tを互いに交差させ、二つの項目をかけ合わせながら解決策を検討していきます。交差させる順番ですが、まずはこの連載のタイトル「勝つ」ための分析、すなわち、どんな機会を狙い、自社のどの武器を使ってその機会を掴むかという、S対Oのマッチングから始めてみましょう。ごく簡単な例をあげてみます。「新製品のHP採用率が65%に留まっている」という項目を、あと35%の向上が可能な「機会」として取り上げるとしたら、「自社内に、専門性の高い経験豊富な学術部が新しく組織化された」という「強み」を活かした攻撃を、潜在市場に仕掛けていく方策を考えます。自社の強みを好環境の中で活かし、機会を拡大・持続するためのキー・イシューズは何かを、まずは第一に考えましょう。
次に、S対Tを考えます。製品ライフサイクル上で既に成熟した段階では、自社ならではの武器を持っていても、競合が手ごわくなってきた、向かい風が吹き始めた、などの状況は多く見られることです。新しい作用機序の薬が上市される、ジェネリックのマーケットシェアが増えてきている、などの情勢もしかりでしょう。このような脅威から自社の立場を守るための積極的な対処法が、ここで見出すべきキー・イシューズの種類となります。
三つ目はW対Oです。市場のニーズや機会は十分に理解しているが、それを掴み取る方法や力が足りない状態です。従って、足りないものを補完して機会を活かさなくてはなりませんが、これが実に難しい。自社に力がない場合、同業他社との事業提携や技術協力などを検討することもあるかもしれませんが、貴方がコ・プロモーションを提案する立場にいるのでなければ実現は難しいかもしれません。ましてMRの立場ではとんでもない話かもしれませんね。でも、読者の皆さんには、是非ここで頑張ってほしいのです。医療業界には、同業者以外のステークホルダーもたくさん存在しており、その目的は皆、「最適な治療を、いち早く、それを必要とする患者さんに提供すること」です。この事実のもと、自分と接点のあるステークホルダーを、想像力をフル活用してパートナーとしての視点で改めて見直してみると、思いもしなかった新たな対策(キー・イシューズ)が見つかるかもしれません。
ラストはW対Tです。これは最小化に主眼が置かれる訳ですが、一番大事なことは“Don’t waste your time.” 戦略の核心は、「何をしないか」ということ。よって、このボックスに関しては「仕方がない」と捉えてもよいのではないでしょうか。武器もない状態で、脅威と戦いどう生き残るかを一生懸命考えるよりも、この周辺作業は早めに断念し、成長に繋がるS対Oや、クリエイティブに対策を考えることができるW対O関連のキー・イシューズ抽出に力を入れるほうが得策です。
このように各項目を掛け合わせて得られる様々な分析結果から、自社にとってのキー・イシューズ、その中でも特に何を最優先で行うべきかを見つけ出しましょう。
SWOTとクロスSWOTを明確に区別する
クロスSWOTはSWOT分析の拡張型ですが、日常業務においては通常両者を区別せず「SWOT分析」という手法として扱う場合が多いようです。しかしここで一つ注意したいのですが、SWOTとクロスSWOTは、できるだけ分けて考えて欲しいのです。
SWOTは環境分析のまとめですから項目の書き方も「客観的」であるべきで、よく拝見する「何々ができそうだ」、「疾患啓蒙で受診率を2%持ち上げることが可能」のような“戦略込み”の書き方は、SWOTの項目としては不適切です。S/Wではあくまで、「XXXを持っている」、「YYYが足りない」などの定点的な評価がベスト。O/Tは、前半で例に上げたように定量化された言葉で潜在的なポテンシャルを示すのがベストですが、これが不可能なら、できる限り “動きのある言葉”で方向性を表現します。例えば「A剤のHPシェアが上がってきている」、「B病院の訪問規制が厳しくなっている」などです。
先に書いたように、クロスSWOTをやり始める瞬間に頭が「戦略立案」モードに自然と切り替わります。だからこそ、SWOT分析とは一線を引いて欲しいのです。クロスSWOTから抽出されるキー・イシューズは戦略立案の出発点となりますが、その手前の作業であるSWOT分析はできる限り「純粋な環境評価」のレベルに留める努力をしてください。そうすることで、より客観的に物事を考えることが可能になると思います。
最後に、今回のキーワードの関連性をまとめます。
ジェ フリー・シュナック(Jeffrey B. Schnack) 1967年米国生まれ。米国とヨーロッパの大学院で国際政治経済学修士およびMBAを取得。1990年来日。外資系コンサルティング会 社にて欧米企業のアジア戦略プロジェクトを実行。その後JR東日本初の海外子会社代表などを務める。スリーロック株式会社は2004年より、製薬企業を対 象に営業・マーケティング分野のコンサルティング及び能力開発プログラムを実施している。
スリーロックHP http://www.3rockconsulting.com 本人ブログ http://blog.3rockconsulting.com/