日本ワクチン学会と日本臨床ウイルス学会の合同学術集会が10月27日、名古屋市で開催され、「ワクチンを正しく理解する」との緊急企画が行われた。登壇した厚生労働省医薬局医薬品審査管理課の東雄一郎・国際新興・再興感染症医薬品専門官は、新型コロナワクチンにとどまらず小児用ワクチンにまで、非科学的なデマ情報がSNSで拡散されていると指摘。厚労省ホームページなどを通じて正しい情報を迅速に発信しても、「次から次へと正しくない情報、はっきり言えば”デマ情報”が出てくる。我々だけでもどうしようもない部分がある」と述べ、産官学連携して正しい情報を発信していく必要性を訴えた。フロアからは医療関係者や企業関係者から賛同する声が相次ぎ、「基本的な知識がない人でも理解できる」ような情報や広報の在り方を検討すべきとの発言も見られた。
厚労省の東専門官は、「新型コロナワクチンだけでなく、ワクチン全体に対する正しくない情報が非常に流布されている状態だ」と危機感を表明。この日の緊急企画を中野貴司・日本ワクチン学会理事長(川崎医科大学)に相談して立ち上げたと明かした。朝8時からのセッションにもかかわらず、190席の会場は立ち見や会場に入れない参加者もでた。ワクチンに関するデマ情報対策への関心の大きさが現れた格好だ。
◎中野理事長 複数の医療関係者からシェディングの真偽の問い合わせ 「そのような状況かと心を痛めている」
新型コロナワクチンに対するデマ情報の代表例には、レプリコンタイプ(自己増幅型)の次世代mRNAワクチン・コスタイベでシェディング(接種者から未接種者への感染)が起こるというものがある。登壇した中野理事長は、日本ワクチン学会、日本感染症学会、日本呼吸器学会の3学会合同で10月17日付で取りまとめた「2024年度の新型コロナワクチン定期接種に関する見解」の中で、科学的な見解として、「コスタイベにシェディングはない」と明示したと紹介。この背景として、複数の医療関係者から、「シェディングが起こるというのは本当か」との真剣な問い合わせを受けたことを明かし、「そのような状況なのかと、とても心を痛めている」とデマ情報の拡散力の強さに危機感を表明した。
◎新型コロナワクチンの臨床試験が終わっていないというのは本当ですか?
厚労省の東専門官は、新型コロナワクチンなどに対する「不安の声」やデマ情報の事例をいくつか取り上げた。「新型コロナワクチンの臨床試験(治験)が終わっていないというのは本当ですか」との声に対しては、「臨床試験(第3相臨床試験)で有効性と安全性に関して厳格な評価が行われた後に承認されている」と説明しているという。一部の臨床試験の終了予定日が将来の日付になっている場合もあるが、これは「こうした臨床試験に参加した方々に、より長期に有効性や安全性が認められるかについて引き続き情報収集を行っているため」だと述べ、「臨床試験に参加した方々は世界で最初に新型コロナワクチンを接種した方々なので、情報収集を続けることで、免疫の持続期間など、大変重要な科学的知見が得られると考えている」と理解を求めた。
また、コロナ禍に新型コロナワクチンを特例承認したことに関しては、米FDAのガイダンスにも触れながら、「(ガイダンスでは)安全性について、大規模な臨床試験を基にした緊急使用を許可するために、接種後観察期間の中央値が2カ月間であることを一つの要件にした。これは従来のワクチンの副反応はほとんど2か月以内に認められることがわかっているためだ。これらの情報に加えて、日本国内でも、日本人を対象に臨床試験(臨床第1/2相試験)を実施し、安全性や免疫原性があること等が確認された後、特例承認を受けている」と説明した。
◎「乳幼児の大腿部へのワクチン筋注により、重度の大腿四頭筋拘縮症になる」とのデマ情報も
新型コロナ以外のワクチンに対する「不安の声」も増えていると東専門官は指摘する。例えば、▽複数ワクチンの同時接種は非常に危険(ダブルワクチン後遺症・トリプルワクチン後遺症)、▽乳幼児の大腿部へのワクチン筋注により、重度の大腿四頭筋拘縮症になる、▽5種混合ワクチン接種によって乳児が死亡した――といったもの。「我々だけではどうしようもない部分がある。業界やアカデミアの方々と一緒になってワクチンに対する(社会の)不安の解消に努めたい」と呼びかけた。
◎第一三共・丹澤ワクチン事業本部長 産官学連携の取り組みに「賛同したい」
ディスカッションパートでは、第一三共の丹澤亨・日本事業ユニットワクチン事業本部長がフロアから発言。「この度の科学的な情報に基づく、しっかりとワクチンの正しい情報を発信していくということについて産官学連携した取り組みを開始するということに賛同したい」と表明した。
◎厚労省・東氏 産官学連携に患者団体も巻き込んだ活動を
フロアから発言したアカデミアの一人は、一般向けセミナーの講師を頼まれることがあると前置きしながら、「学会や厚労省ホームページを”見たことがない”、”知らない”と一般市民が不安だけもってセミナーに参加している」との実情を披露。「基本的な知識がなくても理解できるような広報の在り方にいつも問題を感じる。ここを改善しなければ(市民の)不安は消えない」と指摘し、「一般の方に情報を伝えるにはどうしたら良いのか」と問題提起した。
これに東専門官は、薬機法によってワクチンを含む医療用医薬品の広告が規制されているため製薬企業が一般向けに直接CMを打つことに高いハードルがあると説明。厚労省も、特定企業や特定製品だけを取り上げて情報発信することに困難があるとした。その上で、「(特定製品のデマ情報に対し)個別に対応してもラチがあかない」と指摘し、改めて、「産官学連携してワクチンの正しい情報を広めていくことに非常に意義がある」と話し、理解を求めた。
東専門官は緊急企画終了後、本誌取材に対し、“ワクチンで防げる病気(VPD)”をキーワードに、保護者や医療関係者などに情報提供・啓発活動を行っているNPO法人「VPDを知って、子どもを守ろうの会」や「風疹をなくそうの会」を挙げて、産官学に患者団体も巻き込んだ正しい情報の発信を模索することも重要ではないかとの認識を示した。
◎厚労省・吉原氏 一般向け情報発信 「医療関係者から説明をいただく役割も重要」
中野理事長は、一般向けの情報発信について、学会として国民にとってより分かりやすい表現やホームページにする必要があるとしたほか、「一般の方は、いろいろ検索されている」ことから検索結果の上位に“正しい情報”が表示される工夫も必要だと語った。
緊急企画に登壇した厚労省健康・生活衛生局感染症対策部予防接種課の吉原真吾・ワクチン情報分析専門官は、「私自身も何ができるのかを日々ずっと考えている」とし、厚労省としては必要に応じて特設サイトを開設したり、SNSでの情報発信、自治体向け説明会を行っていると説明した。その一方で、「ネットにあまりアクセスしない方や、そもそもワクチンの有効性や安全性を検索しない方」に対する情報発信の在り方に課題があるとの認識を示し、「最後は医療現場での医療関係者と接種者とのコミュニケーションになる。医療関係者から説明をいただく役割というところも重要だと思っている」と話した。
◎アカデミアとしてコミュニケーションをしっかり考えないといけない
座長を務めた谷口清州氏(第28回日本ワクチン学会長、国立病院機構三重病院)は、「結論としてはコミュニケーション戦略だと思う」と強調した。そして、「いかに正しい素晴らしい対策をしたとしても、そのコミュニケーションに失敗すれば、その対策は失敗だ」との言葉を引用し、「アカデミアとしてコミュニケーションをしっかり考えていかないといけない」と呼びかけた。