エーザイの内藤晴夫代表執行役CEOは3月9日の記者懇談会で、早期アルツハイマー病治療薬・レカネマブの国内承認を見据え、バリューベースド・プライシングについて、「日本に当てはめて透明度の高い議論をしたいと思っている」と意欲を示した。同剤が日本社会にもたらす社会的価値について論文化を進めていることも明らかにし、エビデンスに基づく議論に臨む姿勢も鮮明にした。内藤CEOは、こうした価値評価実現で、「日本のライフサイエンスのイノベーションは大いに牽引されるし、今我が国の製薬産業は閉塞感があるが、それを打破されることも可能なのではないか」と意義を強調した。
米国でのレカネマブの価格設定は、「AD ACE モデル」という疾患モデルを活用し、年間価値を算出。生み出す価値の60%をパブリック(アルツハイマー病当事者、家族、介護者、医療従事者、支払者、政府)に還元。40%を正味売上高として、プライベート(株主、従業員)に割り振り、価格を決めた。内藤CEOは、米国では価格について大きな議論が起こっていないと説明。「(薬価が)社会に受け入れられるかどうかを決める。失敗すると、当該社会からもういいですよと言われかねない」と価格設定の重要性を強調した。
◎「社会的インパクトによる価格設定」をロジックに 日本社会への価値も論文化へ
内藤CEOは、「社会的インパクト」に基づく価格設定をグローバル共通のロジックとして価格設定を行う考えを表明した。ただ、社会的価値は、受け入れる社会により変わることから、「日本の場合は当然、米国と違う数字が出てくる」と説明。米国と同様の疾患モデルに日本の状況を適用し、社会的価値を考察した論文をアカデミアと共同で進めており、5月にも論文化される予定であることを明らかにした。
◎社会的課題の解決「製薬産業の場合はやはり薬価として報われたい」
日本においてもアルツハイマー病は社会的課題となっている。特に公的介護保険財政ではアルツハイマー病の公的介護費用が半分を占めているとのデータを提示。ステージが進行すると介護費用が跳ね上がることから、アルツハイマー病の進行を抑制する同剤により、医療費・介護費の大幅削減が可能との考えを示した。現行の薬価制度では、介護費などの社会的価値は反映されないが、「医療費はもとより、介護費のレカネマブによるセービング効果は非常に大きい。そのような介護費用のアドバンテージをしっかり価格に反映させるべきではないか。そういう価格算定方式が我が国でも実現できないかというのが、正直な我々の想いだ」と吐露した。
岸田政権が“新しい資本主義”を掲げ、社会的課題の解決に寄与する企業を評価するなかで、「様々な報われ方があると思うが、製薬産業の場合はやはり薬価として報われたい、報われても不自然ではないのではないか」と強調した。
◎赤名常務執行役「医学的・臨床的ベネフィットに加え、介護費用、介護負担の削減効果がある」
赤名正臣常務執行役チーフガバメントリレーションズオフィサー兼グローバルバリュー & アクセス担当は、「優れた臨床効果に基づく、医学的・臨床的ベネフィットに加え、介護費用、家族の介護負担などの削減効果があると我々は感じている。こういった社会インパクトに対する一つのアプローチの方法としてバリューベースド・プライシングという考えを持っている」と説明。政府がイノベーションについての議論を進めている状況にも触れ、「まさに画期的なイノベーションをどのように日本が評価していくのかということを世界が注目している状況になりつつあるのではないか。透明性の高い議論をステークホルダーと粛々と進めていって、理解を得られれば」と話した。
◎内藤CEOが描くhhcエコシステム 「ひとことで言えば、疾患別のエコシステムモデル」
内藤CEOは同社の進める“hhcエコシステム”についても語った。創薬研究を中核に、疾患ゲノムデータや臨床試験データ、RWD/PHRデータなどを活用し、さらに他産業とも連携してソリューションを創出する。これをパッケージ化して、病気の発症前から治療後まで、患者にとどまらない一般生活者に対する様々なソリューションを提供する姿を描いた。
hhcエコシステムについて内藤CEOは、「ひとことで言えば、疾患別のエコシステムモデル」と説明。「疾患を連続体(Disease Continuum)として捉え、ヒューマンバイオロジ―エビデンスに基づく創薬研究」を中核に据えた。「健常」、「高リスク」、「発症・治療」、「経過観察/予後」を連続体として捉え、それぞれの病期やステージに応じたエビデンスに基づき、医薬品やソリューションを創出していく考えを示した。このためには保険会社や金融機関、自動車業界などの産業、アカデミアやスタートアップ、モニタリング・PHRパートナーなど、他産業と連携する必要性を説明。さらに、患者団体や自治体と連携し、共生社会を目指す必要性を強調した。
まずは認知症でエコシステムの構築に意欲を示した。認知症の病期を、「エイジング」、「高リスク」、「受診、臨床診断」、「確定診断」、「治療」、「評価、モニタリング」、「ケア、ソナエ」にわけ、それぞれの“憂慮”に応えるソリューションをパッケージで届ける姿を描く。例えば、エイジングでは、「最近もの忘れが増え、不安になってしまう」という憂慮に対し、自己点検ツールとして活用できるスマホアプリ「のうNOW」を提供する。FCNT社のらくらくスマートフォンにも搭載されており、「我々単独でやるよりもはるかに広範囲に人々にお届けできる」と他産業とのパートナーシップの意義を強調する。
さらに、データを活用し、発症リスクや治療効果を予測するAIサービスを提供にも挑戦する。治験データに基づき、レカネマブを投与した場合の経過を個別に算出できる治療効果予測AIや、ARIA病変判定AIの開発も進める。「エーザイの臨床データがあって治験データがあって初めて提供可能」と述べ、同社の強みを強調する。
レカネマブの上市でエコシステムのさらなる進展も期待されるところだが、「Aβの情報にタウの情報もあわせると、例えば発症予測モデルの精度はかなり上がる。新しい薬剤が入ることによって、エコシステムの充実度と完成度はどんどん上がっている。そういうことができるのは、やはり製薬企業だけだ」と説明する。続けて、「エーザイだけが次から次にどういう新製品を導入してデータを積み重ね、様々な予測も精度を上げていくことができる。それは我々の際立つアドバンテージになるのではないか」と自信をみせた。
◎内藤景介執行役 自身の状態への気づき早く「発症前後のエコシステム大きく進展」
内藤景介執行役チーフエコシステムオフィサー兼IT統括本部長はレカネマブの社会浸透により、「ご自身の状態により早く気付くことになる。発症前・終わった後のフォローアップは双方強化されると考えられる。発症前後のエコシステムの広がりは大きく進んでいくのではないか」と期待感を示した。
今後は、乳がんや子宮内膜がんなどでも、「かなりの経験やノウハウを積んでいる」(内藤CEO)とし、「婦人科系がんのhccモデルの構築も可能だろうと考えている」と展望した。