母の礼状
公開日時 2010/10/26 04:00
母親と仲の良かったKさんだが、転職の話だけは、なぜか母親に相談する気にならかった。
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Kさん(26歳)は、母親と一緒にいると「姉妹みたい」と言われることがよくあった。俗に言うところのトモダチ親子。彼女自身、学生の頃から、母親を趣味の合う親友のように思っており、勉強・友人・仕事・恋人のことまで何でも話せる相談相手だった。
だが、社会人になって4年が経ち、転職を考えた時、Kさんは不思議と母親に転職の相談をすることをためらっていた。
時期が時期だけに心配をかけたくないという気持ち、果たして自分を受け入れてくれる会社があるかどうかという不安、シリアスな話で休日の楽しい時間を奪われたくないという欲求、さまざまな気持ちが重ねあわさっていたが、毎日母親と顔を合わせる生活をしながら、Kさんは転職のことについて自分から話すことはなく、聞かれても、
「まあまあ」
とか
「普通に進んでるよ」
と、気のない返事で話題をそらしていた。
内定をもらっても、Kさんの気持ちは晴れなかった。新しい会社でうまくやっていけるかどうか、今までの仕事の仕方で通用するかどうか、またすぐに転職なんてことにならないかどうか…。
だが、Kさんはそれでも母親と一緒にいる時は、平静を装っていた。
「転職って言っても、仕事先が変わっただけで、やること一緒だから」
「わたし、物怖じしない方だし、新しい同僚ともうまくやっていけるよ」
これまで何でも正直に話してきたので、Kさんはそれで母親は納得していると信じていた。
転職して3~4ヶ月近く経って、ようやくKさんは自分の選択が間違っていなかったという確信を得ることができた。緊張が続いた日々から、日常の生活へ。小さな変化だったが、Kさんはようやく目の前が開けたように感じていた。
転職後のフォローアップで、Kさんは新しい会社の上司のインタビューを受けた。
「ようやく慣れてきました」
と、心から言えることをKさんは喜んでいたのだが、その場で上司は思いがけないことをKさんに言った。
「転職エージェントからも、その後のKさんの様子はどうですかという連絡があったよ。伝言で、お母様から丁寧な礼状をいただきましたとも言っていたなあ」
「母から?エージェントへ?」
「メールじゃなくて手書きの礼状が来たって。入社が決まった時、うちにもお母様からご挨拶の手紙があったんだよ。アレ?話していなかったっけ?」
「すみません。聞いていませんでした」
その日、帰宅したKさんはすぐに母親のところにいって、礼状の話をした。感謝しつつも彼女は困惑していた。
「お母さん、会社とエージェントにお礼状送ったんだって?私、今日聞いたの」
「勝手にごめんね。でも、会社には本人に言わないように書いておいたんだけど」
「エージェントから、転職後の様子伺いがあって」
「そう。エージェントへの手紙にはそう書かなかったかもしれない。バレたついでに言うと、辞めた会社にも一通手紙を書いて送ってあります。今までありがとうございましたっていう簡単な内容だけど」
「お礼状なんて、いいのに。私、ちゃんとやってるからさ」
「うん。でも、だいぶまいっていたのが、転職ですっかり立ち直ったみたいだから、私もエージェントさんにも一言いっておきたくなっちゃったのよ」
「まいってた?」
「顔見ればわかるよ、そのくらい」
母親にアッサリ言われて、Kさんは反論することも出来なかった。
「本人に言うなって書くなんて、驚きだな」
「フフ、実は母さんにはたくさん秘密があるのよ」
「私に話していないことって、けっこうあるの?」
「そりゃ、あるわよ。それがオトナってもんでしょ?」
これまで何でも母親に打ち明けてきたKさんは、無言のまま苦笑した。今回、転職のことを母に話さなかったのは、オトナになった証なのだろうか?ひょっとすると、遅れてきた反抗期のようなものだったのかもしれない。
そして、Kさんは母親の微笑を見ながら、母の秘密がなんなのかについて、しばらく思いを巡らせたのだった。
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